第51話 死の炉と、開かれた要塞
リビングでの捜索は完全に手詰まりとなっていた。
長野県警の刑事たちが壁紙を引き剥がし、高級な調度品を次々と破壊しても、地下への扉を開くスイッチの欠片すら出てこない。
荒れ果てていく室内には、ただ徒労感と重い疲労だけが蓄積していく。
中島は額から滴る汗を乱暴に拭いながら、ふと手を止めた。
何かがおかしい。
足の踏み場もないほど荒らされていく自らの別荘を眺める安達の顔には、苛立ちこそあれど『焦り』が一切ないのだ。
(もしこの部屋のどこかにスイッチが隠されているなら、俺たちが手当たり次第に破壊している今、誤って作動してしまうことを恐れて少しは動揺するはずだ。だが、こいつは特等席から見物するような顔をしている……)
中島は血走った目で、床に座り込む安達を鋭く睨みつけた。
そして、ある推測が脳裏を閃いた瞬間、弾かれたように立ち上がった。
中島はリビングの中心で指示を出していた、長野県警の現場指揮官である警部のもとへ駆け寄った。
「警部! スイッチはこの家の中にはありません! 探すだけ無駄です!」
「なんだと? 中島、お前いきなり何を……」
「奴は車を降りてから、家に入る前に外の設備をいじれる! たかがゴミを燃やすだけの設備にしては、庭の焼却炉の周辺だけやけに綺麗に整備されていました。外を……焼却炉を調べさせてください!」
管轄外である千葉の下っ端刑事の進言に、長野県警の刑事たちが一瞬顔を見合わせる。
しかし、中島の切羽詰まったただならぬ剣幕に、警部は短く頷いた。
「わかった。……おい! 外の設備を洗え! 庭の焼却炉を徹底的に調べろ!」
その号令を聞くより早く、中島は安達の襟首を掴んで強引に引きずり起こし、自ら庭へと飛び出した。
暗い木立に囲まれた庭の隅。
そこには、冷たい空気に晒されて赤錆を浮かせた、無骨な大型の焼却炉が不気味に鎮座していた。
中島は同僚の懐中電灯を奪い取り、焼却炉の裏側まで這いつくばって光を当てる。
そして、側面にある操作盤らしき部分で、明らかに不自然なものを見つけた。
「警部! ここです! 焼却炉に……明らかにおかしい部分があります!」
中島の叫びに、長野県警の刑事たちも庭へと殺到する。
中島が青ざめた顔で指差したのは、焼却炉の側面に取り付けられた分厚い鉄の蓋だった。
ただの雨よけではない。
その蓋には、周囲の錆びついた鉄板とは明らかに不釣り合いな、真新しく極めて頑丈な南京錠が掛けられていたのだ。
「たかがゴミを燃やすだけの設備に、なぜこんな厳重な鍵をつける必要がある……!」
中島は傍らにいた機動隊員から大型のバールを引ったくると、力任せに南京錠の隙間へと叩き込んだ。
渾身の力を込めてこじ開ける。
火花が散り、ガキンッという鈍い金属音とともに、頑丈な錠が弾け飛んだ。
中島が重い鉄の蓋を勢いよく開け放つと、そこには二つのボタンが並んで設置されていた。
一つは、煤で汚れきった『焼却・点火』の押しボタン。
そしてもう一つは――どう見ても焼却炉の設備にはあり得ない、ランプの付いた真新しい『電子スイッチ』だった。
「……安達。これが、お前の言う『世界中で俺しか知らない場所』か?」
振り返った中島の視線の先で、捜査員に両腕を拘束された安達の顔が、今度こそ完全に青ざめ、醜く引きつっていた。
あの爬虫類のような不気味な余裕は、木端微塵に砕け散っている。
「ただのゴミ焼き場に、不自然な最新の電子スイッチ。……隠し場所としては上出来だったがな!」
中島は、迷うことなくその真新しい電子スイッチを力強く押し込んだ。
カチッ、という小さな音が夜の静寂に響く。
数秒の沈黙の後。
開け放たれた玄関の奥、リビングの方角から、ズズズズ……という重い地響きのような駆動音が鳴り響いた。
安達の作り上げた完璧な死の要塞――その偽装された巨大な本棚が、ついに重い口を開き、暗い地下へと続くコンクリートの階段が姿を現したのだ。
続く




