第49話 鋼鉄の反響と地下からの咆哮
中島たちが苛立ちと絶望に飲まれかけていた、その時だった。
――ガァン!
突然、静まり返りつつあったリビングに、鋭い金属音が響いた。
床を叩き割る刑事たちの手が止まる。
音の出処は、壁の窪みに口を開けた、あの小さなエレベーターの暗い縦穴からだった。
――ガァン! ガガァン!! ガンッ!
不規則で、狂気を孕んだような激しい打撃音。
それは明らかに、縦穴の『下』から響いてきていた。
地下の暗闇の中。
田口は、壁に設置された電子レンジほどの小さな鉄の扉をこじ開け、その狭い開口部に右腕だけを深く突っ込んでいた。
彼の右手には、安達がいつか食事を運んできた時に使った金属製のトレイが握られている。
大人の腕一本がギリギリ通るだけの狭い隙間。
乱暴に腕を動かすたびに扉の縁で皮膚が削れ、血が滲んでいるが、田口はそんな痛みなど微塵も感じていなかった。
生きている限りの力を振り絞り、金属トレイで昇降機の分厚い鉄の壁を狂ったように殴り続ける。
「気づけ……! 中島、気づいてくれ!! 俺はここだ!!」
声は届かない。
ならば、音を届かせるしかない。
田口の渾身の打撃が鉄の壁に叩きつけられるたび、その音は狭いエレベーターの縦穴を拡声器のように伝い、強烈な反響音となって上の階へと駆け上がっていく。
――ガァン! ガンッ! ガガガァン!!
上の階。
エレベーターの前にへたり込んでいた中島は、縦穴から突き上げてくるその連続音に、弾かれたように顔を上げた。
「……この音……下から叩いてる……!」
ただの物音ではない。
明らかに「意志」を持った、人間による人為的な打撃音だ。
中島はエレベーターの狭い入り口に顔を近づけ、真っ暗な穴の底に向かって、喉が裂けるほどの声で叫んだ。
「田口さん!! 田口さんか!? 生きているなら、もう一度叩いてくれ!!」
数秒の静寂。 そして。
――ガンッ! ガンッ! ガンッ!!
まるで中島の叫びに答えるかのように、さっきよりもさらに力強く、三回の規則的な金属音が縦穴を駆け上がってきた。
「いるぞ!! この真下だ!! 田口さんは生きている!!」
中島が涙声で絶叫した瞬間、絶望に沈んでいた別荘の空気が爆発した。
長野県警の捜査員たちが一斉に色めき立ち、「絶対に助け出すぞ!」という怒号がリビングを震わせる。
物理的な壁を越え、田口の刑事としての執念が、ついに中島たちに届いたのだ。
中島は振り返り、床に座り込んだままの安達を睨み下ろした。
冷徹な無表情を貫いていた安達の顔が、今度こそ微かに、だがはっきりと歪んでいた。
自分の作り上げた完璧な防音の死の部屋が、たった一つの泥臭い金属音によって破られた瞬間だった。
続く




