第48話 開かない口と鋼鉄の縦穴
絵画の裏に隠されていた、電子レンジほどの小さなエレベーター。
中島がその分厚い鋼鉄の扉を開け放つと、内部に吊るされた金属製のカゴの奥から、微かにカビの臭いが混じった冷たい空気が這い上がってきた。
カゴを吊るす太いワイヤーは、真っ暗な縦穴を通って『真下』へと真っ直ぐに伸びている。
「間違いない……。この下だ。この建物の下には、隠された地下室がある!」
中島が叫ぶと、別荘中をひっくり返していた長野県警の刑事たちが一斉にリビングへと殺到した。
「おい、このエレベーターの周りの床をぶち抜け! 近くに必ず入り口があるはずだ!」
刑事たちがバールや警棒を振り下ろし、高級なフローリングの床板を次々と剥がしていく。
しかし、木材の下から現れたのは、分厚く冷たい鉄筋コンクリートの基礎だけだった。
ハンマーで渾身の力を込めて叩いても、鈍い音が反響するだけで空洞の気配は全くない。
人間が出入りするための扉は、このエレベーターのすぐ近くにはないのだ。
「安達ィ!!」
中島は床から跳ね起きると、ソファに座る安達の胸ぐらを両手で掴み上げ、壁のモニター群へと力任せに叩きつけた。
数枚のモニターがひび割れ、ノイズが走る。
「地下室があることは確定した! 鈴木夫婦と田口さんはこの下にいるんだな! 入り口はどこだ! どこから入る!!」
血走った目で怒鳴りつける中島。
しかし、安達の顔にはもはや先ほどの気味の悪い薄ら笑いはなかった。
代わりに張り付いていたのは、一切の感情を排した、爬虫類のような無機質な冷たさだ。
「……何のことですか?」
「とぼけるな! このエレベーターが何よりの証拠だ! お前はここから下の連中に食事を運んでいたんだろうが!」
「ただの収納用の昇降機ですよ。それに、仮に地下室があったとして……」
安達は中島の腕を冷たい手で掴み、無表情のままボソリと囁いた。
「あなたたちに、それを見つけられるんですか?」
「てめえ……ッ!」
中島の拳が安達の頬にめり込む。
安達は床に崩れ落ち、口の端から血を流したが、それでもなお口を真一文字に結んだまま、暗い瞳で刑事たちを見上げるだけだった。
彼は知っているのだ。
この別荘の地下室が、素人の日曜大工などではない、莫大な金と時間をかけて基礎工事から作り上げられた『完璧な要塞』であることを。
どれだけ警察が人数をかけて壁や床を叩こうとも、正しい入り口の仕掛けを知らなければ、絶対にたどり着けないということを。
「係長、ダメです! このエレベーターの縦穴、大人の肩幅じゃ絶対に通り抜けられません。ロープで降りるのも不可能です!」
穴を覗き込んでいた若手刑事が、絶望的な声を上げる。
すぐ足元に、探している仲間がいる。
生きているかもわからない被害者がいる。
しかし、悪魔は決して口を割らず、時間だけが残酷に過ぎていく。
リビングに響くのは、刑事たちの苛立ちに満ちた怒号と、床を叩き割る虚しい破壊音だけだった。
続く




