第47話 地下の暗闇と差し込んだ一筋の音
地下室は、完全な暗闇と死の匂いに支配されていた。
いつからここに閉じ込められているのか、田口にはもう正確な時間すら分からなくなっていた。
排気口から送られてくる空気は淀み、喉はひび割れるように渇ききっている。
壁際では、拘束された鈴木夫婦が互いの体を寄せ合い、もはや声を上げる気力すら失って荒い息を繰り返していた。
このままでは、あと数日も持たずに衰弱死する。かつて山下先輩がこの冷たいコンクリートの床で迎えたであろう最期が、田口の脳裏に生々しくよぎる。
だが、田口は刑事としての執念だけは決して手放していなかった。
暗闇の中で這いつくばり、手探りで壁という壁を叩き、かすかな隙間や配管の継ぎ目がないかを探り続けていた。
爪は剥がれかけ、指先からは血が滲んでいるが、そんな痛みはどうでもよかった。
その時だった。 分厚いコンクリートの天井の向こう側から、微かな振動が伝わってきた。
(……足音だ)
田口は壁に耳を押し当て、息を殺した。
間違いない。いつもの安達の、あの静かで気取ったような足音ではない。
ドタドタと乱暴に床板を踏み鳴らす、大勢の男たちの足音だ。しかも、重い家具を引きずり、壁を叩き壊すような乱暴な物音まで混じっている。
「……警察だ。中島たちだ……! みんな、俺たちを探してくれてるんだ!」
田口のひび割れた声に、虚ろな目をしていた鈴木夫婦がわずかに顔を上げた。
「おーい! ここだ! 俺たちは地下にいるぞ!!」
田口は狂ったように叫び、血まみれの拳でコンクリートの壁をガンガンと殴りつけた。
しかし、虚しい打撃音が地下室に響くだけだ。
安達が作り上げたこの完璧な処刑部屋の防音性能は異常だった。
田口がどれだけ絶叫しようと、その声は分厚い壁と土に吸い込まれ、上の階には一ミリも届いていないことは田口自身が一番よく分かっていた。
天井の向こうで無数の足音が右往左往している。
すぐ数メートル上に仲間がいるのに、自分の声は届かない。
このまま見つけられずに警察が引き上げてしまえば、今度こそ本当に終わりだ。焦燥感と絶望が、田口の胸をきつく締め上げた。
――その瞬間だった。
ガコンッ!!
地下室の隅、安達がいつも水やわずかな食事を送ってくる「電子レンジほどの小さな鉄の扉」の奥から、重い金属音が響いた。
上の階で、誰かが昇降機の扉を力ずくでこじ開けた音だ。
密閉されていた昇降機の縦穴を通じて、上の階の空気がわずかに流れ込んでくる。
そして、筒状の空間を反響して、かすかな男の怒声が降ってきた。
『……お前、ここから下の連中に……!』
「中島だ……! 中島の声だ!!」
田口は弾かれたように立ち上がり、暗闇の中を這うようにして、壁に埋め込まれたその小さな鉄の扉へとしがみついた。
大人が通り抜けることはできない、料理を運ぶための小さな四角い穴。
だが今、この空間と外の世界を繋いでいる物理的な道は、この細い縦穴だけだった。
「中島ァ!! 俺はここだ! 田口はここにいるぞ!!」
田口は鉄の扉を力の限り叩きながら、昇降機の奥に向かって、魂を削るような咆哮を上げた。
続く




