第46話 壁の裏のからくりと暴かれた一枚絵
別荘の広々としたリビングには、数十人の捜査員たちの荒い息遣いと怒号が充満していた。
「こっちの壁も異常なし!」
「床下も空洞はありません!」
長野県警の刑事たちが、土足のまま別荘の隅々まで徹底的に調べ上げている。
高級な絨毯は無造作にめくられ、壁という壁は警棒の柄で叩かれ、天井の点検口までこじ開けられた。
しかし、地下へと続くような扉や階段は、影も形も見当たらない。
時間は無情に過ぎていく。突入からすでに一時間が経過し、むせ返るようなホコリの中で、捜査員たちの顔には明らかな焦りの色が濃くにじみ始めていた。
「おい、本当にこの建物に地下室なんてあるのか……?」
「図面には地下の表記など一切ないぞ。隠し扉らしきものも全く見当たらない」
苛立ちを隠せない刑事たちを尻目に、安達は多数のモニターが埋め込まれた壁の前に用意された革張りのソファに深く腰を下ろしていた。
周囲を警察に囲まれながらも、その顔には気味の悪いほどの余裕が張り付いている。
「だから申し上げたでしょう。ここには私個人の趣味の部屋があるだけだと。警察の皆さんも、これ以上無駄な骨折りはおやめになった方がよろしいのでは?」
「黙ってろ!」
中島が鋭く怒鳴りつけるが、焦燥感は隠しきれなかった。
田口の車が近くの林道に隠されていた以上、絶対にこの建物のどこかにいるはずなのだ。
だが、物理的な入り口がどうしても見つからない。
このまま時間だけが過ぎれば、田口たちの命が危ない。
中島は額の汗を乱暴に拭い、改めてモニターの並ぶ壁面を見渡した。
防犯カメラの映像を映し出す無数のモニター。重厚なレンガ造りの暖炉。
そして、そのモニター群のすぐ横の壁に飾られた、立派な額縁に入った一枚の風景画。
(……待てよ)
中島の視線が、その絵画でピタリと止まった。 何かがおかしい。
絵画自体に不審な点はない。
だが、その額縁と壁の間に、ほんの数ミリ程度の『不自然な隙間』が空いているように見えたのだ。
まるで、壁にしっかりと固定されているのではなく、壁の前にただ「浮かせて置かれている」ような強烈な違和感。
中島は無言のまま絵画に歩み寄った。
「……おい、中島」
同僚の制止する声も聞かず、中島は両手でその重厚な額縁に手をかけ、横へと力強くスライドさせた。
ガコン、と鈍い金属音が鳴り、風景画が壁の裏側へと滑り込む。
その直後、中島と周囲の刑事たちは思わず息を呑んだ。
絵画によって巧妙に隠されていた壁の窪み。
そこには、電子レンジほどの大きさしかない、分厚い鋼鉄の小さな扉が顔を覗かせていたのだ。
中島が急いでその扉の取っ手を引くと、中には金属製の小さなカゴが吊るされていた。
「これは……小型のエレベーターか……?」
中島が震える声で呟く。大人が通り抜けることは到底不可能な小さなスペースだ。
しかし、これなら地下にいる人間に対して、食料や水を送り届けることができる。
そして何より、安達が口にした『猛毒のガス』を下の階へ流し込むことも――。
「安達……! お前、ここから下の連中に……!」
中島が血走った目で振り返る。
ソファに座っていた安達の顔から、あの気味の悪い薄ら笑いが、完全に消え失せていた。
続く




