第4話 泥棒たちの祝杯
1ヶ月契約で借りた、タバコ臭い格安の白いコンパクトのレンタカー。
その車内には、フライドポテトの匂いと、2人の下品な笑い声が充満していた。
助手席の幸子が、カバンの中から取り出した茶封筒を慎二の目の前で振ってみせる。
中には、さっき受け取り場所の公園で、震える老人の手から引ったくるようにして奪ってきたばかりの「100万円」が入っている。
「ねえ慎二、見てよこれ。マジで1万円札が100枚…。たったこれだけで一割の10万も貰えるなんて、マジでチョロすぎ!」
慎二はハンドルを握りながら、ニヤニヤと緩みっぱなしの口元を隠そうともしなかった。
「だろ? あのジジイ、『孫の入院費なんです』とか何とか言ってたけど、あんな大金、持ち歩けるんだから余裕あんだよ。どうせ俺たちが貰わなくても、いずれ国に税金で取られちまう金だ。俺たちが使ってやった方が世のためだろ。バチなんて当たるわけねえよな」
「そうそう。死に損ないのジジババがタンスに寝かせてるより、うちらみたいな若い夫婦が景気良く使ってやった方が、経済回してるって感じ?」
幸子は封筒から札束を取り出し、その生々しいインクの匂いを嗅ぐように顔を近づけた。
「あと8回。2人でやればたったの4回ずつ。これなら来月の頭には200万なんて余裕で返せるし、なんならちょっといい家具も買い足せちゃうかもよ」
「いいなそれ。アルファードの借金返したら、今度はもっといいコーティングに出そうぜ」
2人は、自分たちが奪ったものが、誰かが人生をかけて積み上げてきた「命」そのものだという想像力すら完全に欠如していた。
ただ自分たちの見栄と物欲を満たすための「便利なツール」を手に入れた。
それくらいの感覚で、夕暮れのバイパスをヘラヘラと笑いながら飛ばしていく。
「あーあ、アルファードの時はフルスモークで前の車ガンガン煽り散らしてやったのにな。こんなボロい車じゃ、誰も道譲ってくれねえよ」
「ほんとそれ、マジでイライラする。早くあの200万の借金返して、今度はもっとスモークがっつり入れたデカい車買い直そうよ」
やがて、マンションの駐車場に到着した。
かつてピカピカのアルファードがドヤ顔で停まっていた専用スペースに、みすぼらしいボロ車を滑り込ませる。
「あー、腹減ったな。今日は奮発して、寿司でも頼むか?」
「賛成! お祝いだもんね、私たちの『新しい副業』の」
2人がボロ車から降りてマンションを見上げたとき、3階のベランダからその様子をじっと見つめる影があることに、彼らは気づいていなかった。
安達正志は、暗い部屋の窓際に立ち、少しだけ開けた網戸の隙間から、2人の浮かれた様子を静かに観察していた。
数日前の深夜。
隣のベランダの開け放たれた窓から、ヒステリックな怒鳴り声が夜風に乗って響いてきたのを安達ははっきりと聞いていた。
『車もないのに、200万どうやってまとめて払うのよ!』という妻の絶望と、『俺のせいにするな!』という夫の怒号。
それなのに今の2人は、まるで宝くじにでも当たったかのように下品な笑い声を上げ、手には不釣り合いな高級スーパーの紙袋を提げている。
(……なるほど。まともな道は諦めて、そっちの闇に落ちましたか?)
安達の口元が、わずかに歪む。
どんな犯罪に手を染めたかまでは分からない。
だが、あの見栄っ張りな若夫婦が「越えちゃいけないライン」をあっさりと越え、その罪悪感すら麻痺させていることだけは、あの薄っぺらい笑顔から痛いほど伝わってきた。
「……ずいぶんと、汚い顔になりましたね、鈴木さん」
それは慈悲などではなく、ようやく「極上の素材」が自分の用意した地獄の条件を満たしたことを確信した、捕食者の歓喜の呟きだった。
続く




