第3話 スマホの中の蜘蛛の糸
車が消えた日から1週間後。
ローン会社から届いた圧着ハガキが、鈴木夫婦の息の根を完全に止めにきた。
「……ふざけんなよ。今月末までに、残りの200万を全額まとめて払えだと?」
深夜の薄暗いリビング。
ペラペラのハガキを握りしめる慎二の手は、情けないほどガタガタと震えていた。
「無理に決まってんでしょ! うちの貯金、引っ越しと家具でもう30万しか残ってないのよ!」
幸子が頭を抱え、ヒステリックに叫ぶ。
その声にはもう、数日前の「勝ち組」の余裕など1ミリも残っていない。
払えなければ、この真新しい3LDKのマンションも差し押さえられるかもしれない。
友人たちにマウントを取っていた幸子のプライドも、慎二のちっぽけな見栄も、すべて泥水に沈む。
その日の深夜。
寝室のベッドで幸子がすすり泣く中、慎二は暗いリビングのソファで、スマホの青白い光に顔を照らされていた。
画面の検索窓に、脂汗の浮いた指で打ち込んだ言葉。
【即金 200万 審査なし】 【裏仕事 高収入 安全】
血眼になってスクロールを続ける慎二の目に、SNSの1つの投稿が飛び込んできた。
『★ホワイト案件★ 指定された場所で荷物(封筒)を受け取り、運ぶだけの簡単な仕事です。日給10万から。借金即日完済可能。秘密厳守。DMにて詳細』
普段の慎二なら、「こんなの詐欺に決まってる」と鼻で笑ってスルーしていただろう。
だが、今の彼は200万の借金という名の濁流で溺れかけていた。そこに垂らされた、甘くて胡散臭い蜘蛛の糸。
(荷物を運ぶだけ……? それで1回10万なら、20回やれば200万……いや、ちょっと待てよ)
慎二の脳内に、どす黒い悪知恵が閃いた。
(俺と幸子、2人でやれば、たった10回ずつで終わる。このマンションを守るためだ。バレなきゃいい。どうせ騙されるようなボケた老人から、ちょっと拝借するだけだ)
翌朝。充血した目でリビングに座る慎二は、起きてきた幸子にスマホの画面を見せた。
「幸子……俺たち、マンション手放したくないよな?」
画面を見た幸子の顔が、一瞬だけ恐怖で引きつる。
だが、彼女もまた、せっかく手に入れた「勝ち組の城」を手放すことなど絶対に耐えられなかった。
「……10回だけ。2人で手分けして10回やったら、絶対にやめるからね」
震える声でそう答えた幸子の顔は、もう完全に犯罪者のそれだった。
自分たちが地獄への片道切符を買ったとも知らず、2人はスマホの画面越しに、見えない悪魔と契約を交わした。
続く




