第35話 微弱な電波と深い森の網
千葉西警察署の刑事課で、中島と係長はNシステムの解析結果を示すモニターを険しい顔で睨みつけていた。
「……三日前の深夜、品川ナンバーの白いBMWと、田口さんの捜査用セダンが、ほぼ同じルートで長野方面へ向かっている。ここまでは間違いない」
「はい。ですが係長、長野のインターチェンジを下りた後、防犯カメラが極端に減ってしまい、足取りが完全に途絶えています」
中島が唇を噛む。
相手は三日も前に姿を消しているのだ。長野の広大な山奥で闇雲に探しても、間に合わない可能性が高い。
中島は、田口の残した手帳を何度も見返した。
田口は昭和の刑事だが、カンだけで動く男ではない。
必ず「物証」を押さえようとする。スモークガラスで車内が見えないBMWを、長野の山奥までただ闇雲に尾行したとは考えにくい。
「……発信機だ」
「あん?」
「係長! 田口さんなら、BMWにGPS発信機を取り付けてから尾行したはずです! そして、その発信機の電波を受信して追跡するために、必ず『捜査用のノートパソコン』を車に積んで、通信状態にしたままにしているはずです!」
中島は弾かれたように立ち上がり、叫んだ。
「田口さんのノートパソコンはLTE通信モジュールが内蔵されています! もし今もスリープ状態でバッテリーが生きていれば……パソコン本体が発している微弱な通信電波を、逆探知できるんじゃないですか!?」
「……っ! サイバー班に急がせろ!! 通信基地局のログから、PCの現在地を叩き出せ!」
すぐさま県警本部のサイバー犯罪対策課へ要請が飛び、通信追跡システムが稼働した。
祈るような数十分が過ぎた後、中島のデスクの電話がけたたましく鳴り響く。
『……電波、拾えました! 田口刑事のノートパソコンです。ただ、スリープ状態で電波が極端に弱いうえに、山間部で基地局が少ないため、ピンポイントでの特定は不可能です!』
「大体のエリアは分かるか!?」
『長野県小諸市の北部。……半径およそ二キロメートルの山林地帯です。別荘が点在していますが、深い森に覆われていて空からの捜索は困難です。しかも、バッテリー残量がいつまで持つか……』
中島が地図ソフトにそのエリアを表示させると、画面は深い緑色に塗りつぶされた広大な森を映し出した。
この広い森のどこかに、田口の車と、あの白いBMWが隠されている。
「ピンポイントじゃなくても構わねえ」
係長が低く、しかし熱を帯びた声で言った。
「長野県警に極秘で捜査協力を要請しろ。サイレンは鳴らすな。地元を知り尽くした連中と組んで、この半径二キロの森を徹底的にしらみつぶしにするんだ。……中島、お前もすぐに向かえ!」
「はいっ!!」
巨大な警察組織の重い歯車が、音を立てて回り始めた。
長野の深い森という「見えない壁」に行く手を阻まれながらも、彼らは確実に、老刑事が命がけで残した微弱な電波(クモの糸)を手繰り寄せようとしていた。
続く




