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第30話 暴かれた嘘と反撃の炎


「ただの……詐欺罪……?」


 慎二は、傾いた床の上で呆然と呟いた。  


 田口の言葉が、凝り固まっていた脳の髄にゆっくりと染み込んでいく。


 だが、慎二の記憶の中にある「事実」が、それに猛烈に反発した。


「でも、安達さんは言ってたんだ! 俺たちが寝込んでいる間にテレビのニュースを見たって。……警察が血まなこになって俺たちの職場や親の家に踏み込んでる。俺たちは『強盗致死罪』で全国に指名手配されてるんだって!」


「……強盗致死だと?」  


 田口は心底呆れたように鼻で笑い、短く吐き捨てた。


「笑わせるな。お前らがいつ、あの老人の家に押し入って暴行して殺したっていうんだ? お前らがやったのは公園での現金の受け子だろ。強盗致死なんて大層な罪状、つくわけがねえんだよ」


「へッ……?」


 慎二の口から、間抜けな音が漏れた。  


 田口は、哀れな若夫婦をまっすぐに見据えた。


「ニュースなんて全部でっち上げだ。あいつはな、お前たちをこの地下室から一歩も出させないために、絶対に逃げ道のない『強盗致死』なんていう最悪の罪をでっち上げたんだ。お前らは、あいつの暇つぶしの玩具にされるために、恐怖で洗脳されてただけなんだよ」


 その瞬間だった。  


 慎二と幸子の内側で、張り詰めていた何かが音を立ててちぎれた。


 親の家にまで警察が踏み込んでいると言われ、どれほど絶望したか。  


 強盗致死という言葉に怯え、どれほどこの傾いた床で泣き喚いたか。  


 終わらない白と青と赤のパズルを強制されながら、それでも「警察に捕まるよりはマシだ」と、あの悪魔のような男にどれほど感謝すらしてしまったか。


 すべては、安達が自分たちを嘲笑い、観察して楽しむための舞台装置だったのだ。


「……あの、クソ野郎……ッ!」


 慎二の震える手が、床に落ちていた純白のパズルのピースを握りしめた。


 ギリギリと音が鳴り、爪が食い込んで血が滲むが、慎二は痛みなど感じていなかった。  


 隣の幸子も同じだった。


 狂気に支配され虚ろだった彼女の瞳に、今はどす黒い憎悪の炎がメラメラと燃え上がっている。


「許さない……絶対に許さない! ぶっ殺してやる、あのサイコパス野郎……!」


「ああ、そうだ。その怒りを忘れるな」


 田口は低く唸りながら、ようやく立ち上がった。  


 関節は痛むが、刑事としての闘争本能が老いた体に熱い血を巡らせている。


「だが、喚いているだけじゃここは出られねえ。奴は完璧主義だ。この部屋も、俺たちの精神を壊すために計算し尽くされてる。……だが、人間が作った箱である以上、必ずどこかに『綻び』があるはずだ」


 田口は、室内を鋭い目つきで観察し始めた。  


 真っ平らに見えて、実は三度だけ傾いている不気味なコンクリートの床。


 部屋の最も低い場所に口を開けている、金属製の排水溝。  


 壁に埋め込まれた監視用のモニターカメラ。  


 そして、安達が食料を下ろしてくる小型の荷物用エレベーターと、外側からしか開かない分厚い鉄の扉。


「いいか、お前ら。パズルなんかもう触るな。俺がこの部屋を調べる。お前らは、安達が食料を持ってくるときのエレベーターの動きや、奴の言葉の癖、どんな些細なことでもいいから思い出せ」


 田口の力強い指示に、慎二と幸子は無言で頷いた。  


 つい先ほどまで、互いを罵り合い、死を待つだけだった三人の間に、明確な「連帯」が生まれていた。


 安達正志。  


 モニターの向こうで優雅にコーヒーを啜るあの悪魔を引きずり下ろすため、奪われた牙を持つ老刑事と、すべてを失った若夫婦の、命を懸けた反撃が静かに幕を開けた。






続く


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