第24話 点と線、そして名前
深夜の湾岸線。
田口は愛車の古ぼけたセダンのハンドルを握りながら、助手席に置いた安物のタブレット端末を横目で睨みつけていた。
画面の中央では、赤い光点が一定のリズムで点滅しながら、日本地図の上を北西に向かって這うように進んでいる。
「令状なしのGPS追跡……。バレりゃクビどころじゃ済まねえがな」
田口はタバコの煙を窓の隙間から吐き出しながら、低く笑った。
安達の白いBMWの車体裏、泥除けの奥の死角にマグネット式の小型GPS発信機を仕掛けたのは三日前の夜だ。
あの得体の知れない隣人から「確実な証拠」を引きずり出すには、警察の正規ルートなど踏んでいる暇はないと直感したのだ。
数時間後。
赤い光点は長野県の山深く、地図上に道すら描かれていないような私有地のど真ん中でピタリと停止した。
「……長野の山奥。千葉の住宅街に住む几帳面な男が、こんな夜中にフラッと出向くような場所じゃねえな」
田口は手帳を取り出し、画面に表示された緯度と経度をボールペンで乱暴に書き殴った。
翌日の昼下がり。
田口は長野県を管轄する法務局の薄暗い資料室にいた。
GPSが示した座標の土地。そこの所有者が誰なのかを割り出すためだ。
システム化が進んでいるとはいえ、こういう辺鄙な土地の登記簿を辿るのは、昔ながらの足と勘が必要になる。
「ここら一帯は……古い別荘地か」
田口は指に唾をつけ、分厚い紙の束をめくっていく。やがて、目的の地番に該当するページに辿り着いた。
そこに印字されていた文字を見た瞬間。
田口の心臓が、ドクンと嫌な音を立てて大きく跳ねた。
【所有者:山下 敬司】
「……嘘だろ」
かすれた声が漏れた。
山下敬司。それは数十年前、定年退職した直後に忽然と姿を消した、田口のかつての先輩刑事の名前だった。
当時、懸命な捜索が行われたが、手がかり一つ見つからず「神隠し」として処理された未解決事件。
それが今、隣の夫婦の失踪事件と、長野の山奥の別荘という『点』で完全に交差したのだ。
田口の脳内で、バラバラだったピースが恐ろしいほどのスピードで組み合わさっていく。
安達の車に残されていた、長い髪の毛。
夜中の不自然な長距離移動。
そして、行方不明になった元警察官の別荘。
「……山下さんは、失踪したんじゃない。あの時すでに、あいつに……」
田口はギリッと奥歯を噛み締めた。拳が小刻みに震えていた。
安達という男の「完璧な表の顔」の下に潜む、底知れない狂気の深淵を覗き込んでしまったような寒気がした。
山下を殺し、その別荘を乗っ取り、今度はそこにあの若い夫婦を運び込んでいる。
「あの野郎……警察を舐めるのも大概にしろよ」
田口の目から、くたびれた老刑事の濁りが消えた。
代わりに宿ったのは、獲物の喉笛に噛み付いて離さない猟犬の鋭い光だ。
法廷で使える証拠はまだない。だが、真実は掴んだ。
「待ってろよ、化け物」
田口は登記簿のコピーを乱暴に折りたたんでポケットに突っ込み、法務局を後にした。もう、引き返すつもりはなかった。
続く




