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第22話 ほころびと怪物


 千葉の新築分譲マンション『ルミナスガーデン習志野』。


 ここは、慎二と幸子が35年ローンを組んで手に入れた夢のマイホームの、すぐ隣の部屋だ。


 玄関先で、安達は人の良さそうな笑みを浮かべていた。


「お隣の若いご夫婦ですか? ええ、とても感じの良い方々でしたよ。最近お見かけしませんが」


 目の前に立つのは二人の警察官。


 一人は若手、もう一人は白髪交じりの年配の刑事だった。


「ご家族から捜索願が出ていまして。最後に姿を見かけたのはいつ頃か、覚えておられますかな?」


 年配の刑事が穏やかな口調で尋ねる。


「数日前だったでしょうか。朝のゴミ出しの時にご主人と挨拶を交わしたのが最後です」


 安達はよどみなく答えた。もちろん完璧な嘘だ。


「警察が動いている。匿ってあげるから私の車に乗りなさい」


 と怯える2人を騙し、長野の別荘へと連れ出した日のことなど、言えるはずもない。


 夫婦は安堵の涙を流しながら、自ら進んで安達の車の後部座席に乗り込んだのだ。


「そうですか。ご協力ありがとうございます」


 年配の刑事が踵を返そうとした。安達は心の中で冷笑しながら、ふと、余計なサービス精神を起こしてしまった。


「お気の毒に……。あんな夜中に急いで出て行かれるなんて、何か事情でもあったんでしょうね」




 ピタリ、と。年配の刑事の足が止まった。


「……ほう」


 振り返った老刑事の目は、獲物を狙う鷹のように豹変していた。


「夜中、ですか。私どもはまだ、お二人が『いつ』いなくなったかまでは申し上げておりませんが」


 しまった。安達は内心で舌打ちした。


「あ、いえ。急にいなくなったと聞いて、ついテレビドラマのような夜中を想像してしまいまして」


 必死に愛想笑いを作ったが、年配の刑事は安達の目をじっと見据え、ボソリと呟いた。


「……ええ。憶測、ですよね?」


 刑事たちが去った後、安達はリビングのソファにドカッと腰を下ろした。


 あの老いぼれ刑事の目……完全にこちらを疑っていた。


 だが同時に、強烈な既視感もあった。


(そうだ。あの男と同じ目だ……)




――今から数十年前。


 殺人未遂事件を犯し逃げ惑っていた若き日の安達に、「警察の動向は把握している。匿ってあげよう」と声をかけた男。


 定年退職した元警察官、山下だ。


 連れて行かれたのは、長野の別荘にある『3度傾いた地下室』。


 山下は、逃亡者をそこに監禁し、精神が崩壊する様を観察する異常者だった。


 しかし、山下は計算を間違えた。


 安達は生粋の精神異常者(サイコパス)であり、狂うどころか極限状態の中で本性を覚醒させたのだ。


 時間をかけて「無害な助手」を演じきった安達は、ある日「床鳴りがする」と山下を地下室の奥へ誘い込んだ。


 ギィィ……バタンッ。ガチャリ。


 内側に取っ手のない鉄の扉を閉め、外から鍵をかける。


「おい! 安達! 冗談はやめろ! 俺はお前の恩人だぞ!!」


 扉の向こう側で、安達は数年ぶりに心からの冷たい笑みを浮かべた。


「冗談じゃありませんよ、山下さん。あなたが作ったこの素晴らしい部屋で、今度はあなたが学ぶ番です」


 その後、安達はモニター室の特等席に座り、山下が自らの排泄物にまみれて餓死していく様を、ただ静かに見届けたのだった。






続く

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