第21話 白と青の狂気
監禁されてから、おそらく10日、いや、2週間近くが経っていたかもしれない。
すでに精神の半分を破壊されていた2人にとって、安達が留守にするこの3日間は、完全な「トドメ」となった。
ジャカジャーン!!
静まり返った地下室に、突然耳をつんざくようなオーケストラの交響曲が鳴り響く。かと思えば、数分後には蚊の鳴くような音量にすっと下がる。
音量の不規則な乱高下。それが、安達が仕掛けた新しい拷問だった。
1日目。
2人にはまだ、怒鳴り合うだけの気力が残っていた。
「あんたちゃんと脚立、かたずけなさいよ、脱出しようとしたのばれたら、何されるかわからないじゃない。私まで共犯者だって思われるの、ごめんだわ」
「うるせぇ!ンなこと言われなくてもわかってるわ、ばか…」
「アァァ、クソッ! 音がデカくなったり小さくなったりして、全然集中できねぇんだよ! おい幸子、お前ちょっとは進んでんのかよ!?」
「うるさいわね、話しかけないで! あんたがさっき、バカみたいに天井なんかこじ開けようとして無駄な体力使うからでしょ!」
「何だと!? 俺はここから出ようとしてやったんだよ! パズルなんかハメて現実逃避してるお前の方が頭おかしいんだよ!」
3度傾いた床は、ただ座っているだけでも足腰にじわじわと疲労を蓄積させる。
慎二の選んだ「日の丸」のパズルは、赤い丸の部分が終わった後、残りの400ピース以上がすべて純白という悪夢だった。いくら合わせても、白と白が弾かれる。
2日目。
極度の睡眠不足と、船酔いのような吐き気で、2人の脳はまともに働かなくなっていた。
イライラの矛先は、目の前のパズルから、お互いの「過去」と「存在」そのものへと向かい始めた。
「……お前、昔からそうだよな。自分が正しいって顔して、結局いつも俺を見下してんだよ、くそがッ」
「はぁ? 何よ急に。……見下されて当然でしょ。まともな仕事も長続きしないで、最後は闇バイトに手を出した人間のクズじゃない」
「お前だってその金で買ったバッグ持ち歩いてただろ! 共犯のくせに被害者ぶるなよ! だいたい、お前と結婚したのが俺の人生の最大のミスだったんだよ!」
「私だって同じよ! あんたなんかと出会わなければ、こんな地下室で閉じ込められることもなかったのよ!」
大音量のクラシック音楽が、2人の醜い罵り合いをかき消しては、また静寂の中に引きずり出す。
そして、3日目。
2人はすでに、怒鳴る気力すら失っていた。
目の下にはどす黒いクマが張り付き、洗剤で荒れた手は小刻みに震えている。
斜めになった床にへばりつくように座り、ただ無心でピースを手に取るが、はまる気配はない。
ボォォォーーン……と、地鳴りのような重低音が響く中、慎二の口からかすれた声が漏れた。
「……しね……お前なんか、死ねばいい……クソ女」
「……あんたが、死ねば……いいのよ……バカ男……」
「……全部、お前のせいだ……」
「……あんたのせいよ……」
会話はもう、成立していなかった。
慎二はあきらめたのか、もう手は動いてなかった
お互いの存在を呪う言葉だけが、壊れたラジオのように繰り返される。
幸子はうつろな目で真っ青なピースを手に取り、慎二は白紙のピースを握りしめたまま、うわ言のように吐き続けていた。
パチ……パチ……。
絶対に完成することのないピースを合わせる乾いた音だけが、狂気の空間にむなしく響き続けていた。
続く




