第18話 けだものの言い訳
今日もモニターは真っ黒なままだった。
水とレトルト食品だけはある。
だから今すぐ飢え死にする心配はない。
だが、やることが何もない。テレビもスマホも、時計すらない。
ただ、3度かたむいた床の上で、時間だけがじとじとと過ぎていく。
その「退屈」と極限のストレスが、慎二のあたまの中の何かを完全に狂わせた。
お風呂に入るために、幸子がしかたなく下着姿になった時のことだ。
何日も風呂に入っていないとはいえ、目の前には無防備な女の体がある。
無意識にムラムラした慎二の目が、いやらしく濁った。
「……なぁ、幸子?」
のっそりと近づいてくる夫に、幸子はさっと身構えた。
「なによ。近寄らないでよ」
「最近さ、俺達やってないよな?お前は性欲ってねぇのか?そんな訳ねぇよな!」
「何言ってんの?こんな状況でよくそんなこと言えるわね。監視カメラだってあるのに。ずっとあいつに見られてるかもしれないのよ。」
「そんなことどうでもいいよ。見たい奴には見せときゃいいんだよ。男はな、性欲がたまるんだよ。出さねぇとしょうがねぇんだよ」
慎二は、そんなみっともない言い訳を口にしながら、にじり寄ってきた。
飢え死にの危機がないからこそ、ただのヒマつぶしとストレス発散と性欲のはけ口のために、妻を処理の道具にしようとしているのだ。
「やめてよっ! 気持ち悪いっ、さわらないでよ!」
幸子は必死にうでを振りはらおうとした。だが、大人の男の力にはかなわない。かたむいた床に押し倒され、上にのしかかられる。
顔をたたいても、大声で叫んでもひるむ様子など全くない。
けだもののように息を荒くする夫の顔を見た瞬間、幸子の中で、張りつめていた最後の糸がプツンと切れた。
「ハァ……もう、どうでもいいよ」
「え……?」
「好きにして」
幸子は抵抗するのをやめ、だらりと手足を投げ出した。
慎二は、狂ったように幸子の下着をもぎ取り、身体中をなめまわし、荒い息を吐きながら、幸子の体に覆いかぶさって来る。
そして、幸子は焦点の合わないうつろな目で、天井のカメラの赤いランプをただ見つめていた。頬を伝う涙が零れ落ちた。
(私はもう、人間じゃない。こいつの汚物の処理をするだけの、ただの肉の塊だ)
自分をけだもののようにあつかう夫も、それをモニターの向こうで冷たく見下ろしているであろう安達も、もうすべてがどうでもよかった。
『ポチャン……』
静まりかえった地下室に、水滴の音と、慎二の荒い息づかいだけがひびいていた。
事後。
部屋には、また元の狂おしいほどの静けさがもどった。
2人は一言もしゃべらず、ただ水滴の音だけがひびく暗闇の中で、冷たいレトルト食品を無言ですすった。空気は最悪ににごりきっている。
結局、この日は夜になっても、安達から何の連絡もなかった。
ただ醜い本性をさらけ出しただけの、むなしく、救いのない1日。
モニターが再び明るくなったのは、あくる日の朝のことだった。
続く




