第17話 何もない地獄
ブオン、と照明が点灯し、地下室に「朝」が来た。
慎二と幸子は重い体を起こし、いつものように壁のモニターを見つめた。
あの気味の悪い安達が現れ、今日の「教育」と称する拷問を言いわたしてくるはずだ。
だが、待てど暮らせど、モニターは真っ黒なままだった。
1時間、2時間……いや、時計がないこの部屋では、どれくらい時間が経ったのかすらわからない。
スマホもない。テレビもない。気をまぎらわせる本すら、すべて安達に回収されてしまっている。
あるのは、3度かたむいた冷たい床と、天井から自分たちを無言で見下ろすカメラの赤い光。
そして『ポチャン……』と忘れた頃に落ちる水滴の音だけだった。
「……ねえ。どうなってるの?」
たまらず幸子がぽつりとつぶやいたが、慎二は壁をにらみつけたまま何も答えない。
昨日の10円玉の疲れと、すでにお互いを「汚物」としか思っていない冷え切った関係。
2人の間には、まともな会話をする気力すら残っていなかった。
何をしていいのかわからない。
ただじっと座っているだけでも、かたむいた床が確実に体力をうばっていく。
何かに寄りかかろうとしても、壁は冷たく湿っていて、背中から体温を奪うだけだ。
お昼の時間をとうに過ぎたはずだが、小型エレベーターが動く気配はない。
つまり、食事も飲み物もおりてこないという事だ。
ペットボトルのミネラルウォーターとカップ麵はあるけど、2人はもう飽き飽きしていて食べる気力も失せていた。
空腹と、のどの渇き。それが「何もない」という恐怖に、べっとりと焦りをぬりつけていく。
(まさか……このまま見捨てられたんじゃないのか?)
慎二のあたまに、最悪の想像がよぎった。
安達はもう、自分たちを「教育」するのすら飽きたのではないか?
このまま鍵をかけ、どこかへ姿を消してしまったのではないか?
もしそうなら、自分たちはこの誰にも知られない地下室で、ただのゴミとして放置され、飢え死にするしかない。
その恐怖が、じわじわと胃の奥をにぎりつぶすように広がっていく。
何か課題を与えられたり、罵倒されたりしている方が、まだ「自分たちは生かされている」という安心感があった。
完全に無視されること。存在を忘れ去られること。
それがどれほど人間を狂わせるか、2人は骨の髄まで思い知らされていた。
幸子は、天井の赤いランプをうつろな目で見つめていた。
あの光の向こうに、安達はいるのだろうか。
それとも、ただカメラが回っているだけで、モニターの向こうには誰もいないのだろうか。確かめるすべはない。
『ポチャン……』
静まりかえった部屋に、水滴の音が異様に大きくひびく。
その音の合間に、慎二の荒い息づかいと、自分の心臓の音だけが聞こえる。
発狂しそうなほどの静寂。
何かが起こるより、何も起きないことの方がはるかに恐ろしい。
狂おしいほどの「空白の時間」が、まるで目に見えないヤスリのように、2人の精神を音を立てずにすりつぶしていく。
夜になり、再び電球がブツンと消えるまで、2人はただかたむいた床にはいつくばり、暗闇の中で恐怖に震え続けることしかできなかった。
続く




