第16話 終わらない遊び
モニターが明るくなり、安達の穏やかな顔がうつし出された。
「反省文や道徳の授業ばかりでは息が詰まるでしょう。今日は少しリラックスして、ゲームでもしていただきましょうか」
エレベーターが静かにおりてくる。
中に入っていたのは、小さな小箱だった。
「1円玉、5円玉、10円玉。それぞれ5枚ずつ入っています。それを1人一種類ずつ選んでください。ただし、一度選んだらもう変えられません」
画面越しの安達は、孫に語りかけるような優しい声でルールを説明した。
「その5枚を、縦に積み上げてください。明かりが消えるまで、トイレとお風呂と食事以外は、ずっとやっていただきます。さあ、息抜きを楽しんでくださいね」
慎二と幸子は顔を見合わせた。
(なんだ、そんなことか……)
ずっと精神をすり減らす課題ばかりだった2人にとって、それは拍子抜けするほど簡単なゲームに思えた。
だが、問題は「どれを選ぶか」だ。
軽すぎる1円玉や、穴の空いた5円玉は絶対にバランスがとりにくい。
一番重さがあって安定しそうなのは、間違いなく『10円玉』だ。しかし、10円玉は5枚、つまり1人分しかない。
「俺はこれをもらうからな!」
迷うそぶりも見せず、慎二がサッと小箱から10円玉5枚をわしづかみにした。
「ちょっと……! あんた、自分が楽したいだけじゃない!」
「うるせえ! お前は女なんだから、細かい作業が得意だろ! 5円玉でもやってろ!」
極限状態の中で、大の大人がたった5枚の小銭をめぐって醜くののしり合う。
幸子は、必死に10円玉を隠し持つ夫の浅ましい姿を、まるで生ゴミでも見るような冷たい目でにらみつけた。
そして、しかたなく残された5円玉をつまみ上げた。
だが、それが地獄の始まりだった。
チャリン。 チャリン……。
地下室に、冷たい金属音がむなしくひびき続ける。
平らな机の上でさえ、硬貨を縦に5枚積むのは至難の業だ。
ましてや、ここは3度かたむいた冷たい床の上。重力の法則が狂ったこの部屋で、硬貨がまっすぐ立つはずなどなかった。
2枚、3枚と立てたところで、わずかな手の震えや、見えない傾きによって、硬貨は残酷な音を立てて崩れ落ちる。
「くそっ……! お前が動いたから床が揺れただろ!」
「はあ!? あんたの息づかいがうるさいからよ!」
最初は八つ当たりをしてやり直していた2人だったが、数時間が経過する頃には、ののしり合う気力すら完全にうばわれていた。
空腹と極度の寝不足で、手はガクガクとけいれんするように震えている。
硬貨の冷たい感触だけが指先にこびりつき、何度も何度も崩れる音を聞かされ続け、2人の意識は次第にもうろうとしていった。
自分で10円玉をうばい取ったくせに完成しない慎二の苛立ち。
夫への憎悪をかかえながら、穴のあいた5円玉と格闘する幸子の絶望。
焦点の合わない血走った目で、ブツブツと意味不明な言い訳をつぶやきながら、ただ機械のように硬貨を立てては崩す作業を永遠にくり返す。
そして、何時間経っただろうか。
ブツン、と明かりが突然消え、部屋が完全な漆黒に包まれた。
「夜」が来たのだ。タイムアップの合図だった。
「……あ……」
暗闇の中、チャリン、と最後に硬貨が崩れる音が鳴った。
2人の口から同時に、深いため息がもれた。
怒りも憎しみも、今はどうでもよかった。
ただ「この無意味な作業から解放された」という事実だけが、今の2人にとっては唯一の救いだった。
慎二と幸子は、床に散らばった小銭を拾う気力もなく、暗闇の中をまるで地をはう虫のようにズリズリと進み、泥のようにベッドへ倒れ込んだ。
明日もまた、安達の狂った「教育」が待っている。
その恐怖をあたまの片隅にかかえながら、2人は死んだように眠りに落ちた。
続く




