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第12話 上からの施しと道徳の授業


 時間感覚を完全に破壊され、薄暗い部屋でゾンビのようにうずくまっていた2人の耳に、壁の奥から『ウィーン……』という機械音が聞こえてきた。


「……なんだ?」


 慎二が重い頭を上げて音のする方を見ると、壁の一部に設置されていた小さな鉄の扉が、チンッという音とともに開いた。


 それは飲食店などで使われる、電子レンジほどのサイズの小型エレベーターだった。


 中には、プラスチックのトレイに乗せられた数冊の真新しい本と、大学ノート、そして数本のボールペンが綺麗に並べられている。


「なんだよ、これ……?」


 慎二がフラフラと近づき、トレイを引き出した。  


 一番上に乗っていた本のタイトルを見て、彼の顔が引きつる。


『人間としてのモラルと良心』


『図解 よくわかる交通ルールと運転マナー』


『罪と罰(ドストエフスキー)』


 自分たちの過去の悪行や、煽り運転の常習犯だったことまで、すべて見透かされているかのようなラインナップ。  




 その時、壁のモニターが『ピッ』と鳴り、安達の顔が映し出された。


「鈴木さん、届きましたか? これから、お二人にはお勉強をしていただきます」


「お、お勉強……?」  


 幸子が虚ろな目でモニターを見上げる。


「ええ。お二人を見ていると、人間としての基本的な道徳や、他者への思いやりが著しく欠如しているように見受けられます。まずは用意したノートに、自分たちが犯した罪についての『反省文』を、原稿用紙10枚分、書いてください。それが終わったら、次はそこにある本を読み、1冊につき5枚の『読書感想文』を提出していただきます」


 安達の声は、言うことを聞かない幼稚園児を諭す保育士のように、どこまでも優しく、そして底知れなく冷酷だった。


「…ふざけんなよ! なんで俺たちが、こんな小学生みたいなこと…!」  


 慎二がノートを床に叩きつけようとした瞬間、安達の目がスッと細められた。


「おや。嫌なら書かなくても結構ですよ。ただ、そのエレベーターは『食事の配膳』にも使います。課題が提出され、私がその内容に『合格』を出すまでは……追加の水も食料も、下ろすことはありませんから」


 ピタリと、慎二の動きが止まった。  


 反抗すれば、餓死する。


 ここは自分たちの城ではなく、安達のルールの下でしか生きられない飼育箱なのだと、改めて骨の髄まで思い知らされる。


「さて、執筆には集中力が必要ですからね。少し、音楽のボリュームを上げましょうかね?」


 安達が笑うと同時に、天井から流れていたオーケストラの音量が、耳障りなほどに跳ね上がった。


「ああ、それから。文字は綺麗に、丁寧に書いてくださいね。乱筆は減点対象ですから」  


 モニターが切れ、再び部屋はクラシックの爆音に包まれた。


 腹の底から湧き上がる屈辱と、生きるための恐怖。  


 慎二はワナワナと震える手で、床に落ちた大学ノートを拾い上げ、絶望の反省文を書き始めた。






続く

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