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第11話 溶けていく時間


『バチンッ!』


 唐突に、地下室の天井の照明が暴力的な白さを放ち、スピーカーからモーツァルトの軽快なメロディがけたたましく鳴り響いた。


「うっ……! まぶし……っ!」  


 薄い毛布にくるまっていた慎二は、目を細めて呻き声を上げた。


 隣のベッドでは、幸子が「うるさい……」と耳を塞いで丸まっている。


 感覚的には、目を閉じてからまだ4時間か5時間しか経っていない。


 体は泥のように重く、頭の奥がズキズキと痛む。


「おい、嘘だろ……もう朝なのかよ……」  


 だが、安達が「朝になれば自動で電気がつく」と言っていた以上、今はもう翌朝なのだと無理やり脳を納得させるしかなかった。


 フラフラと立ち上がった慎二は、強烈な吐き気に襲われて壁に手をついた。


「……っ、なんだこれ。気持ち悪っ……」  


 極度の寝不足のせいか、床が斜めに傾いているような強烈な違和感がある。


 まっすぐ立っているつもりでも、体が勝手に見えない力で引っ張られるようなめまい。  


 これが床自体が『3度』傾いているせいだとは気づかず、慎二はただの体調不良だと思い込んでいた。


 その「短い夜」から始まった1日は、永遠のように長かった。


 何時間経ったのか分からない。カップ麺をすすり、ただ天井を見つめて過ごす。  




 やがて強烈な睡魔が2人を襲い始めた。


 だが、容赦のない白い照明が部屋の隅々まで照らし出し、安眠を許してくれない。


 さらにタチが悪いことに、絶え間なく流れるクラシック音楽は、ウトウトし始めた絶妙なタイミングで『ジャーン!』と不規則にボリュームを跳ね上げ、2人の神経をそのたびに逆撫でした。


「あーもう! うるさいなこの曲! 電気消してよ!」  


 限界を迎えた幸子が、毛布を頭から被りながらヒステリックに叫ぶ。


「俺に言うな! スイッチがないんだからどうしようもねえだろ!」  


 慎二もイライラを抑えきれず、妻に向かって怒鳴り返した。


 20時間、22時間……いや、もしかすると24時間以上、このまぶしい光の中にいる気がする。  


 自分たちが今、安達のさじ加減一つで「26時間の長い1日」や「18時間の短い1日」をランダムに強要されていることに、2人は気づいていなかった。




「なあ……今日って、何曜日だっけ……?」  


 充血した目で宙を見つめながら、慎二がうわ言のように呟く。


「知らないわよ……ここに来てから、3日? 4日? ……わかんない」


 幸子の声にも、もう感情の起伏がなくなっていた。


 外界との通信手段を奪われ、光と音を支配された密室。  


 彼らの「時間」は、安達の手によってドロドロに溶かされ、ただ生きているだけの肉の塊へと変わり果てようとしていた。


 そして、天井の隅の赤いレンズの向こう側。  


 モニター越しに2人の生気のない顔を観察していた安達は、机の上のマイクのスイッチにゆっくりと指を伸ばした。


「さあ……脳が柔らかくなってきたところで、お勉強の時間を始めましょうか?」






続く

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