第五章
季節が梅雨の時期に差しかかると、福山はプロの世界で早くも頭角を現した。福山は最初の数カ月こそ二軍にいたが、すでにそのレベルではないことを早々に証明した。二軍選手との力の差は明らかだった。二軍での活躍すら、スポーツ新聞は連日のように書き立てた。一軍昇格を球団に催促するような記事ばかりだった。それでもすぐに一軍に引き上げなかったのは、福山を大事に育てようという球団幹部の意向が強く働いていたに違いない。しかし、福山はそういう男ではない。福山は本物だ。温室育ちのやわな男ではないのだ。それは四年間間近で見てきた俺にはよくわかっていた。
福山のプロ初登板は、ホームグラウンドでのいきなりの予告先発だった。大型新人の破格の扱いに報道陣は殺到した。今では珍しくなった地上波での生中継だった。
俺は初回からテレビでずっとその様子を観戦した。西横部品野球部の寮の食堂で。何人かのチームメイトが俺と同じようにテレビを観ていたが、その快投にみんなが驚きを隠せなかった。プロの打者が次々に倒れていく。いい当たりなどほとんどない。ヒットといっても飛んだコースがたまたま野手の間の内野安打だったりポテンヒットだったりした。
「福山ってすごいね。さすがだね。仙頭君は大学で同級生だったんだよね」
隣で郡司が呟いた。何が言いたいんだ? 嫌味を言いたいならそうはっきり言えばいい。俺とはレベルが違うと言いたいならそう言えばいい。
それでも回が進むにつれ、一人、二人とチームメイトは部屋に戻って行った。いつの間にか郡司もいなくなっていた。俺にもその気持ちはわからないでもない。もう手の届かないプロの世界に熱心に見入ったところで、自分が惨めになるだけだ。ここの選手たちはそれをすでに十分理解している。
「部屋に帰るとき、電気消してってね。忘れないでよ」
最後まで残っていた俺にそう声をかけたのは食堂のおばさんだった。
「わかってますよ」
俺はぶっきらぼうにそう答えた。でも、今はそれどころではないのだ。あの福山のデビュー戦だ。最後まで見ないわけにはいかないのだ。
福山は八回まで相手打線を散発三安打に抑えていた。しかし、味方も一回裏に犠牲フライで上げた一点のリードしか福山を援護していない。球数が百球を超えた八回ツーアウト、福山はフルカウントからその日初めての四球を与えると、次のバッターにライト前の詰まったヒットを打たれた。四安打目だった。ランナー一・二塁となったが、ピンチらしいピンチはそれがその日初めてだった。
その次のバッターは過去にホームラン王を獲得したこともあるベテランの強打者だ。俺は薄暗くなった食堂のテレビを食い入るように見つめていた。初球は外角低めのストレート。ストライクだがバッターは手を出さない。確かに初球から打ちにいく球ではない。打ってもせいぜいセカンドゴロにしかならないような完璧なコースだった。二球目は同じ軌道から外に外れていくチェンジアップ。福山が得意としている球だ。バッターは大きなスイングで空振りをした。もうこれが三打席目だというのに、プロならもう球筋を見切っていても然るべきだ。しかもそんなフルスイングをしてどうする。試合展開をちゃんと考えろ。長距離ヒッターといっても、点差を考えればコンパクトに単打を狙いにいくべきだ。二ストライクと追い込んだ福山の表情がアップで映し出された。俺は驚いた。その表情は大学時代と何も変わっていなかった。ピンチになればなるほど冷静で、しかし闘争心が漲っていて、その表情が周囲に安心感と信頼を与えた。「大丈夫。いける」、チームメイトはみんなそう感じたあのときの表情そのままだった。
福山はキャッチャーのサインに何度か首を振った。俺は直感した。福山は一球遊んだりはしない。三球勝負で来るはずだ。しかもインコース高めのストレート。間違いない。
福山は二塁ランナーを振り返ることもなく、短いインターバルで三球目を投じた。インコースのストレート。バットはまたも空を切った。球場を大歓声が包み、福山はガッツポーズのまま全力疾走でベンチに引き上げて行った。
プロの選手のくせになぜあの球が打てないのだ。福山のストレートはスピンがきいていて浮き上がってくることぐらいわかっていたはずだ。なのにボールの下をバットがくぐっている。これで今日は何人のバッターがどれだけ空振りしているんだ。配球の癖だってわかっているだろう。福山はピンチのときほど強気にストレートで押してくるんだ。しかもインコースを攻めてくるんだ。大学時代からずっとそうだったじゃないか。どんな素晴らしい投手でも、相手打線をノーヒットに抑えることは難しい。そして、一試合の中では必ず幾度かピンチを迎える。福山はそういう苦しいときこそ好んでストレートを投げ込むんだ。しかもインコースの高めに。福山は変化球でかわすことを潔しとしない。南関東大学リーグでも、相手のバッターは福山のそういう投球の癖を十分わかっていた。にもかかわらず、相手打者は福山の気迫に押され次々と凡退していった。俺はそういうシーンを嫌というほど見てきたのだ。
試合は一点差のまま最終回を迎えた。福山がマウンドに上がると球場では大きなどよめきが起きた。プロの世界ならここでクローザーに任せるというのが普通なのかもしれないが、初登板初完封の快挙が目の前に迫っていた。球数はもう百球を軽く超えていた。しかし、球数など福山には問題ではない。福山は勝つためなら百五十球でも二百球でも気にせず投げるだろう。
先頭バッターは初球を打ってセカンドへのポップフライに終わった。スタンドからは大きな拍手が起こった。快挙達成まであとアウト二つ。俺は四肢に軽い痺れを感じていた。福山の投げる球を一球たりとも見逃さぬよう、目を皿のようにしてブラウン管を凝視していた。
打たれろ。負けろ。なぜそんな甘い球が打てないんだ。それでもプロか。俺は拳を握りしめ、そんなことばかりを考えていた。そして、何度も何度も自分自身に問い直した。福山と自分のいったいどこがどれだけ違うというのだ? どこにそれほどの差があるというのだ? 急速だって、福山の最速はせいぜい百五十キロ程度だ。調子さえよければ俺だってそれぐらいのスピードは出せる。いや、百五十二、三キロは投げられるんだ。球種だって自分のほうが多い。福山が主として投げるのはストレートにスライダー、そしてチェンジアップ。その三球種しかない。自分にはそれに加えてカーブもあればフォークもある。あえて言えば、福山はサウスポーだから、その分のアドバンテージがあるぐらいのものだ。俺はオーソドックスなオーバースローの右腕だが、福山はスリークォーター気味のサウスポー。サイドハンドのピッチャーやサウスポーのストレートは、打者から見ると同じスピードでも五キロほど速く感じると言われている。確かにコントロールは福山のほうが上だ。しかし、コントロールの違いといっても、ベース上では所詮わずか数センチの違いにしか過ぎない。それなのに、どうして福山は大観衆の前で全国放送され、この俺はこんな薄暗い寮の中でそんな福山の姿を小さな画面を通じて観ていなければならないのだ? そこまでの差が本当にあるのか? 打て。打つんだ。プロのバッターなら新人の球ぐらい打てなくてどうする。恥ずかしくないのか。いや、打たなければならない。打ってくれ、頼むから。俺はいつしか両手を合わせて祈るような格好になっていた。
そんな俺の内心とは裏腹に、その日福山はプロ初登板を見事に完封勝利で飾った。翌日の新聞に満面の笑みをたたえた福山の写真が大きく掲載されたのはもちろんである。
そうして、私の社会人野球一年目のシーズンは静かに終わった。西横部品は都市対抗の予選もあっさりと敗退した。そして、密かに期待していた秋のドラフト会議で俺の名前が呼ばれることはなかった。一方で、福山はプロ一年目にして十二勝をあげる大活躍を見せた。そして、新人王のタイトルを獲得した。まさに文句のつけようのないプロ一年目だった。
その年の年末に開かれた道城大学野球部の同期会では、福山の話題で持ち切りだった。
「やっぱりすごいよな、俺たちの福山は」
「いつも自慢してんだよ。福山とチームメイトだって言ったら周りの俺を見る目が変わるんだよ。何だか俺まで偉くなったような気分になっちゃってさ」
「いやあ、まったくそのとおり。俺なんかさあ、福山と同級生というだけで仕事の契約取れちゃった。福山のサインをもらってきてくれと顧客の一人からしつこく粘られたときは困っちゃったんだけどさあ」
残念ながら福山の姿はそこになかった。プロ野球のスター選手ともなれば、オフシーズンだって忙しいんだろう。
みんなが盛り上がる中で、俺はぬるくなったビールのジョッキを舐めるしかなかった。静かに周りを観察していると、そこにはいろいろな人間模様がある。何やら小声でひそひそと話をしている連中、あれは何を話してるんだろうか? ここにはいない誰かの陰口か、それともきわどい儲け話の勧誘か。
同期会には大学三年と四年の何人かが世話役として同席することが慣例になっている。本人たちは嫌々なのだろうが、それが道城野球部の伝統と言われてしまえば仕方ない。その世話役をつかまえて説教モードに入っている迷惑な奴もいる。
「だからな、もっとバットを内側から出すんだよ。外から大回りしたって当たるはずがない。ボールの内側をとらえるんだ。わかるか?」
そういうお前は控え選手だったじゃないか。相槌を打たされている後輩はたまったもんじゃない。
「お前も俺みたいにオープンスタンスにしてみたらどうだ? ピッチャーの球の出どころがよく見えるようになるぞ。ただし、そのままの姿勢じゃなくて必ず踏み込むんだ。身体が開いたままじゃ曲がり球にはついていけないぞ」
片膝立てて何を偉そうに。お前は外角のボール球を振ってよく三振してただろう。
「仙道先輩じゃないですか。なぜこんな端っこにいるんです? あの福山雅夫と二枚看板だった仙道先輩はもっと真ん中の上席に座ってもらわないと困りますよ」
町田の懐かしい声だった。町田も世話役として動員されてたのか。わがままなOBの酌をしたり、酒や料理の追加注文をしたり、話し相手に付き合わされたり、会計をしたりとご苦労なこった。
「いや、いいんだよ。俺はこういうところのほうが落ち着くんだ」
肘をつかんだ町田の腕を俺は強引に振りほどいた。
「仙道先輩のそういうところ、大学時代とまったく変わってないですよね。まあ、そういう奥ゆかしいところが好きなんですけど、だけど、ときにはアピールしないと自分が損しますよ」
町田が俺にそんなことを言うのは初めてのことだった。
「僕も就職活動をして初めてわかったんです。時には一のことを十ぐらいに膨らませて話をしないと損するってことが」
俺は町田の顔をまじまじと見つめた。
「そうか、就職決まったのか。で、どこの会社だ? 野球は続けるのか?」
町田が一瞬目を伏せた。
「実は、きっぱりと野球は辞めたんです、就職を機に。僕なんかもともとそんな実力がなかったんだから後悔はしてませんよ」
「じゃあ、監督がどこかの会社を推薦してくれたのか?」
「いえ、僕なんかのことをそこまで世話していただけるとは初めから思っていませんでしたから、最初から自分で探しました。でも世の中捨てたもんじゃないですよ。僕みたいな奴でも採用してくれるところはありましたから」
「へえ、立派なもんじゃないか」
「えっと、ちょっと待ってくださいね」
町田は鞄の奥のほうから四つ折りの紙を取り出した。
「ここに内定をいただきました」
そのとき、別の誰かに町田が呼ばれた。
「あっ、はい。すぐ行きます。それじゃ仙道先輩、また後で。あっ、それコピーなんで捨てていただいても結構ですから」
その紙には「七星商事」と書かれていた。内定者懇談会の案内だった。野球しか知らない俺でも「七星商事」ぐらいは知っている。日本の商社の中でもトップクラスじゃないか。偏差値のもっと高い大学でもなかなか入れるものじゃない。
町田がいなくなってから、俺は同期会に来てしまった自分を責めながら、早くお開きになるのを待つしかなかった。ビールはすっかりぬるくなっていた。しかし、おかわりをもらおうなんて気にもならなかった。
同期会も後半になると、世話役が部屋の隅でひそひそ話を始めた。二次会の段取りを相談しているに違いない。そこまで周到に準備しなければ、OBから苦情が出るのは間違いない。もちろん俺は二次会などとても行く気にはなれなかった。
その夜、俺は夢を見た。ドラフト会議で「仙道清志」という名前が呼ばれるという夢だった。目が覚めてしまったときの失望感は、いまだにはっきりと覚えている。カーテンの隙間から薄い朝日が射し込んでいた。現実と夢とはこんなにも違うものか。夢を見ることがこんなにも残酷なものだとはそれまで考えたこともなかった。俺はしばらく布団の中で呆然としていた。そして、まだはっきりしない頭の中で、ありもしないことを想像していた。大学四年のあの年、もし指名された選手のうち、誰か一人でも怪我をした奴がいたら、ひょっとして自分がその代わりに指名されていたかもしれない。たった一人でいいのだ。ドラフト候補のうち誰か一人でもそういう奴がいたら、自分がプロ野球の世界に入り、まったく違う人生を送っていたかもしれない。プロになればそれはそれでまったく土俵が違う。新たな気持ちで、新鮮な環境でもう一度野球に取り組めば、今とは違う自分になれたかもしれない。自分にだって、プロ野球のエースになれる可能性が少しはあったはずだ。どんなに可能性が低くても。もちろん今の自分では実力が足りないのだろうが、新たな環境さえ与えられれば、そして相性のいい指導者にでも巡り会えば、もしかすると自分は劇的に変わったかもしれないし、自分の練習に取り組む姿勢だってきっと変わっていただろう。
いや、そうではなくて………。俺はまた別の想像をした。もし道城大学にあの福山がいなければ、あるいは自分が道城大学以外のどこかに進学していれば、福山と毎日顔を合わせることもなければ、自信を喪失することなどなかったはずだ。野球選手だけでなく、およそスポーツ選手にとって自信を持つということは極めて重要だ。多少の自惚れなくして大一番には臨めない。あの福山さえいなければ、俺の人生はきっと大きく変わっていただろう。それがおかしな考えであることは自分でも十分わかっている。しかし、あの福山さえいなければ、いや福山に出会いさえしなければ、運命は大きく変わったことは間違いないんだ。そういうパラレルワールドはきっとどこかに存在したはずなんだ。
遠くで犬の鳴き声がした。かすれた鳴き声が尾を引いた。
結局自分にはそんなチャンスは巡って来なかった。こんな不公平なことがあっていいんだろうか。福山には大きなチャンスが与えられ、自分にはそれが回ってこなかった。なぜだ? きっとほんのちょっとの差でしかないのに。
そういえば、高校時代、俺のチームでは二人の男がショートのレギュラーを争っていた。自他ともにエースと認める俺はポジション争いなど無縁だったからさほど気にもしていなかったが、あの二人は毎日どういう気持ちで競争していたんだろう? 俺の見るところ、二人の守備力も打撃力もほぼ互角だった。だが、一人は対外試合の一打席目でたまたまセンター前ヒットを放ち、五回に交代出場したもう一人の男は見逃し三振だった。同じようにチャンスを与えられていながら、それが二人の差を決定的にした瞬間だった。センター前ヒットを放った男はそれ以降数多く試合出場の機会を得た。バッティングなんて経験がものをいうところが多分にある。数多くいろいろなピッチャーと対戦することによって技術も磨かれるし、場慣れすることによって精神的なゆとりも生まれる。その後、出場機会に恵まれなくなったもう一方の男は、それでもたまに代打のチャンスを幾度か得たが、結果は出なかった。代打で初見のピッチャーをとらえるのは難しい。打席に立ってみないと、そのピッチャーのストレートの体感速度もわからないし、変化球がどれぐらい曲がるかもわからない。そして、当然のことながら、凡退の可能性は高くなる。結果を欲しがってゆとりもなくなる。ボール球でも手を出すようになる。ますます結果は出なくなる。そして、当たり前のように出場機会は減っていく。あのとき俺は深く考えていなかったが、あれは公平な起用だったんだろうか? たまたまセンター前ヒットを打ったときは甘い球が来ただけで、見逃し三振のときは一球も甘い球が来なかった。ただそれだけのことではなかったのか? それがその後の二人の野球人生を大きく変えることになろうとは、あまりに残酷ではないだろうか? よく運も実力のうちと言われる。しかし、それは単なる偶然の結果であって、本当にそうなのだろうか? 結果論で後からそう言っているだけではないのか? ほんの少しの、そしてほんの一瞬の差が、その後の人生を大きく左右する。人生なんてどこの世界でもそんなものなのだろうか?
遠くでヘリコプターの音がした。こんな朝っぱらから何だろう? 何か大事件が起きているのであれば面白い。すべてを忘れるぐらいの大事件が起きていてほしい。俺のつまらぬ妄想を呑み込んで、跡形もなく流し去ってしまうほどの大事件が起きてくれなければ困るのだ。




