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濁流  作者: 亜蘭
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第二章

「あいつはいずれ日本球界を背負う大投手になる。その福山と一緒にプレーできたことは、自分にとっても一生の誇りだ」

 いつだったか、正捕手の相田がそう言っていた。いや、多くのチームメイトがそう思っていたことだろう。仮に俺のほうが福山より成績を残したとして、それでも俺と一緒にプレーしたことを一生の誇りなどと言うだろうか? それは俺自身も怪しいと思っている。何が違うのか? 俺と福山とではいったいどこがどう違うのか?

 その後も騒がしい報道陣は何度か道城大学にやって来た。指名の挨拶と称して人気球団の監督までやってきた。現役時代は4番バッターとして活躍したあの有名な監督だった。くじ運が強いのも監督の実力と言うべきだろうか。

 ほどなく福山の入団会見が都内の有名ホテルで開かれた。福山の会見には、さらに多くの報道陣が集まった。派手なシャンデリアの下で福山は人気球団の帽子を被り、エースナンバーの二〇を付けたユニフォームを着て、ボールを握った左手を堂々と前に突き出した。そのポーズを狙って無数のフラッシュがたかれた。福山はすでにこのときスター選手の仲間入りを果たしたと言っても過言ではなかった。認めたくはない気持ちが俺の中のどこかにあった。だが、あいつならすぐに頭角を現すだろう。いきなりエースとまではいかないかもしれないが、先発ローテーションの一角に入る力はすでにあるはずだ。

 道城大学野球部の部員のほとんどが、部室のテレビの前でその会見に釘付けになっていた。そして、全員が胸を張り、実に誇らしげな表情を浮かべていたことを俺は今も忘れない。頬は紅潮し、目が輝いていた。一方の俺は、部室の片隅のロッカーに身体をもたせかけながら、しかし古いロッカーの扉が大きな軋む音を立てないように注意しながら、うつろな目でブラウン管を見つめているしかなかった。

 福山がプロ入りを決めた今の時点ではあいつに勝てないかもしれない。いや、明確に俺の負けだ。それぐらいのことは、いくら自惚れの強い俺といえども十分認識している。俺がいくら練習を積んでも、福山はさらにそれを凌ぐ練習量をこなしていた。福山には天賦の才能があったが、それに胡坐をかくことなく、さらに自分を磨き続けていた。俺はそんな福山を横目に見ながら、それでも大学入学当初は福山に何とか追いつき追い越そうと必死で頑張ったものだった。しかし、自分がどれだけ頑張ろうが、福山との差は埋まらない。どうしてもその距離は縮まらない。俺が大嫌いなランニングをあえて全体練習後に取り組んでも、俺がグラウンドを十周走れば福山は二十周走った。俺が二百球の投げ込みを行えば福山は三百球投げ込んだ。俺と福山に対する周囲の評価も、その差は広がるばかりだった。

 そして、そのうち俺はとうとう諦めてしまった。どんなに頑張ろうが、どんなに練習しようが、福山に追いつくことなどできないのだ。それがどうしようもない現実なのだ。もともとあいつが特別なだけで、所詮は追いつくことのできない遠い存在なのだ。自分はあくまで自分だ。福山のようになれなくてもそれはそれで仕方がない。自分は自分なりのレベルアップを図っていけばそれでいい。それでもプロ野球で通用するレベルに到達することは十分できるはずだ。

 俺はいつしかそう思い始め、それが正しいと信じ込もうとした。仮に二人してプロの世界に入ったとして、その後も福山と俺の明確な上下の関係が続くとは限らない。勝負の世界では、いつ何が起こるか誰にもわからないのだ。実際、高校や大学ではそれほど注目されていなかった選手がプロに入ってから大きく化けた例なんていくらでもあるではないか。プロになってからこそが本当の勝負だ。そのときこそ、福山を追い抜いてみせる。俺は福山に対して憎悪にも似たライバル心を抱き続けてきた。

 しかし、そんな俺の淡い希望も、ドラフト会議の日にはかなく消え失せてしまった。俺の実力を認めてくれる球団などただの一つもなかったのだ。福山の会見で沸き返る部室の片隅で、俺はチームメイトのみんなに合わせてつくり笑いを浮かべるしかなかった。福山の門出を祝う振りをするしかなかった。俺はその場を立ち去りたくて仕方なかった。だが、こんなときにその場を立ち去るほうが余計に目立つ。前のほうにいた町田が俺のほうを振り向いた。何か言いたげだったが、その視線はすぐにテレビの画面に向けられた。俺は身体中の力が抜けていくのを感じた。テレビ越しに見る福山は、満面の笑みですでに遥か遠くのほうを見つめていた。俺の住んでいる世界とは別の世界で、すでに次元のまったく異なる夢を見ていた。

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