第十七章
その半年後、実家の母が癌で亡くなった。母は東北の田舎で一人暮らしを続けていたのだが腎臓癌を患っていた。その後、癌が全身に転移し、気づいたときにはもう手遅れだった。
「長くてあと半年の命です」
医者からはそう宣告されていた。それからもう一年が経っていた。俺はそのことを母に黙っておいたのだが、誰かにそう言われなくても母はとっくに気づいていた。
父は俺が大学時代に亡くなっていた。俺は大学の野球部の監督に許可を得て、寮から父の葬儀に向かった。
「早く寮に戻りなさい」
告別式が終わると、母は俺に厳しい口調でそう言った。
「お前が野球をしていることが一番の供養になるんだよ」
それは母の本心だったに違いない。父は本当に野球が大好きだった。父が他界してから、母はずっと一人でこの東北の片田舎で暮らしてきた。東京に呼び寄せようかとも思ったが、美香にはそう言えなかった。美香は賛成してくれるかもしれなかったが、嫁姑がうまくいくとは思えなかった。雅志もいる。美香の負担をこれ以上増やしたくなかった。母も「住み慣れたここがいい」の一点張りで、決して首を縦に振らなかった。無理やり田舎の親を都会に連れて来て、かえって認知症が進んでしまったなんてこともよく聞く話だ。
やがて、医者の宣告より長生きした母も亡くなった。身体は動かなくなってきていたが、頭だけは最期までしっかりしていた。母の死に顔は安らかで、この世に思い残すことは何もないというような表情をしていた。
もともと俺の両親はどちらも無口なほうだった。俺が野球の試合で勝って喜んでいるときも、負けて落ち込んでいるときも、あえて声をかけなかった。しかし、野球をしている俺のことを心の中では誰よりも応援してくれていた。俺の一番の理解者は両親であったと今でもそう信じている。
母の葬儀は田舎の葬祭場でしめやかに行われた。俺は喪主として葬儀を取り仕切ることになっていたが、何をどうすればいいものか皆目わからなかった。この歳になって葬儀の段取りすらわからない自分が情けなかったが、実際には葬儀の業者がほとんどすべてを仕切ってくれた。俺はその指示に従って動いていればよかった。葬儀も一つの商売なんだなと俺は改めて認識した。母とその人との関係を説明すれば、供花の並べ方や弔辞を読み上げる順番まで業者がすべて決めてくれた。焼香の仕方や喪主の挨拶のやり方まで丁寧に教えてくれた。
会計がきちんとできれば葬儀の八割は終わったも同然という話をどこかで聞いたことがある。そこで活躍したのが近所の町内会の老人たちだった。ここぞとばかりに熱心に手伝ってくれた見知らぬ人々に、俺はただただ頭を下げるほかなかった。
「清志君、相変わらず立派な体格しとるなあ。まあ、受付と会計はわれわれに任せてくれればいい。あんたは喪主の仕事に専念してくれればいいから」
そう言ってくれた町内会の爺さんが誰なのか、俺にはまったく記憶がなかった。ただ、爺さんのほうでは俺の小さな頃もよく知っているらしい。
「会長がそう言うんだから、あんたは安心してでんと構えていればいい」
別の見知らぬ爺さんが続けてそう言った。
そうか、この爺さんが町内会の会長なのかとそのとき初めて知った。
受付で記帳した参列者から香典袋を受け取ると、その後ろのテーブルに座った爺さんが手早く現金を取り出し、香典帳に住所、氏名を書き移していく。
「受付でも住所、氏名を書いてはもらってるんだが、手間なようでも香典帳にも同じように書き写すんだ。そうすると香典帳さえ業者さんに渡せば香典返しを発送してくれる。香典帳に住所がないと受付の記帳と照らし合わせないといけなくなるからね。これがわしらのやり方だわ」
ときには悪気なく香典袋にお金を入れ忘れる人もいる。後でそれを知らせるのは気が引けるが、受付のその場でなら伝えやすい。言われたほうも「うっかりしていて申し訳ない」と言いながら素直にお金を出してくれる。
俺は町内会の手際のよさに感心せざるを得なかった。
こうしてあっという間に母の葬儀は終わった。俺は一人息子だったので、天涯孤独の身になってしまったように感じた。もちろん美香がいる。雅志もいる。親戚は今でもこの田舎に何人かは暮らしている。しかし、ぽっかりと穴が空いたような今の俺の気持ちを紛らわしてくれるものはどこにもなかった。
それでも葬儀が終わりようやく緊張感から解放されると、身体の節々に鈍い痛みが残されているのに気がついた。いつもの右手の指の痺れも強くなっていた。葬儀会場の控え室でしかめっ面をしながら指をさすっている横で、美香が雅志の着替えを手伝っているのを黙ってずっと眺めていた。
遺体を焼き場に運ぶ頃になると、五月だというのに、この季節には珍しく猛烈な雨となった。焼き場で待っている間も、大粒の雨が屋根を激しく打ち鳴らした。最初は遠くで鳴っていた雷の音が次第に大きくなり、すぐ近くで雷が落ちたような轟音が鳴り響いた。それはまるで疲れた俺の身体を粉々にしてしまうかのように感じられた。
「どうせなら粉々になってしまえばいい」
俺はそんなふうに思っていた。
葬儀の翌日、俺は昼過ぎの新幹線で東京に戻る予定にしていた。まだ、葬儀の後片付けや手続きがかなり残ってはいたが、一週間後の土曜日に再度戻って来ることにし、いったんは引き上げることにしたのだった。雅志の学校のこともあったが、俺にはどうしても出社しなければならない事情があった。
「実は、退職したいと考えているのですが………」
部下の小川が一週間ほど前にそう切り出したのだ。
「わかった。一度ゆっくり話をしよう」
俺は内心動揺したが、努めて冷静を装ってそう言った。そうこうしているうちに、母の葬儀もあって、小川との話はそれっきりになっていたが、いつまでも中途半端なままには放っておけない。小川がいなくなって四課が自分一人になったら、それはそれで仕事が大変になるかもしれない。しかし、一人になればむしろ気楽になる面もある。部下の面倒を見るというのはそれだけでも気を遣う。一人でやってしまったほうが余計なことを考えなくてもいい。
もし小川が辞めて一人になるんだったら、営業四課という組織も解散になるかもしれない。あるいは営業一課か二課に統合されるかもしれない。俺はそれでも別にかまわないと思っていた。係長という肩書きも取り上げられるかもしれないが、そんなことにこだわりはなかった。ただ、俺は小川に何と言えばいいのか? 問題はそれだけだった。
「辞めてどうするつもりだ?」
「実は、デイトレーダーになりたいと思っているんです」
「デイトレーダー? 何だそれ?」
「はい。株の売買に以前から興味があって、うまくいけば一人で一日に何百万、いや何千万だって稼ぐことができるんです。まだそこまでの資金は持っていないので、いきなりそうはいかないですが」
何を夢みたいなことを言ってるんだ?
「うまくいけばそうかもしれないが、逆にそれだけ一気に損をすることだってあるんだろう?」
「もちろんです。でも、そうなったところで、すべて自分の責任でそうなるんです。自分で決めたことなら失敗したところで納得もできますから。リスクを怖れていたら何にもできないと思うんです。幸いにして私はまだ若いし結婚もしてません。養わなければならない家族だっていませんから。自分一人ならどうにかなると思うんです。今何もせず、このままずっとこの会社にいたら、きっと後悔すると思うんです」
小川は珍しくはっきりとした口調でそう言った。
そんな小川に俺は何と言えばいいのだろう? 上司としてどういう言葉をかけるべきなのだろう?
「世の中はお前が考えているほど甘いものじゃない。そんな不安定な道をなぜ選ぶ? 今の仕事が嫌なだけで、現実逃避したいだけなんだろう? 人生何事も我慢だ。この会社で頑張っていれば、今にきっといいこともある」
人生の先輩ぶって、そう説教でもすればいいのだろうか?
「君が真剣に考えた末の結論なら、私も陰ながら応援するよ。人生は一度きりだ。何もこの会社がすべてではない。悔いのないようにやってみればいい」
そう言って、物分かりのよい上司ぶったほうがいいのだろうか?
俺はいまだに決めかねていた。そして、東京に戻り、いざ小川と顔を合わせるまで、自分が何を言い出すかは自分でもわからなかった。




