第十五章
村西取締役が西横部品を去ってから一年ほどが経った五月、営業二課の木島がまたそっと耳打ちしてくれた。
「村西取締役が亡くなったらしい」
俺はにわかには信じられなかった。
「俺もある人からの又聞きなんだけどね。会社はあえて公表してはいないけど確かな情報だ」
俺は声を低くして訊いた。
「病気か? それとも事故か何か?」
木島は俺を焦らすように一呼吸置き、それからゆっくりと口を開いた。
「村西取締役が自宅のマンションで見つかったときには、すでに死後一週間ぐらいは経過していたらしい。近所の住人が異臭がすると警察に連絡して、それで見つかったらしいんだ。最近よく耳にする孤独死というやつらしいんだが………」
「孤独死? まだそんな歳ではないと思うけど………」
「ああ、まだ六十代の後半のはずだ。村西取締役は若いときに離婚していてお子さんもいなかったらしいね。ご両親もすでに亡くなってるという話だし………」
「離婚されて独り身だということは知ってたけど、お子さんもいなかったとは初耳だ。しかし、身寄りはまったくいなかったのかな? いくら何でも親戚ぐらいはいたんだろう?」
「もちろん親戚ぐらいはいるはずなんだが、よほど疎遠にしていたんだろうね。誰も遺体を引き取りには来なかったらしいよ」
村西取締役はどんな一人暮らしをしていたんだろう。
「しかし、うちの会社で役員までやった人が、そんな死に方をするとはね。何だかこちらまでやり切れない気持ちになってしまうよ。何が幸せなんだか………」
あのエネルギッシュな村西取締役が亡くなったと言われても、俺は容易には信じられなかった。
「今となってはよくわからないんだが、恐らく突然そういうことになったってことは、脳梗塞か心不全かそんな類の何かだったんだろうって………。そういえば、近頃まったく村西取締役の話は聞かなくなってたもんな。退職してからしばらくの間は、自分がかわいがってた現役社員をちょくちょく呼び出してたらしいんだ。それもあの人らしいよね。『最近の会社はたるんでる』とか、『今の経営陣に任せておいて大丈夫か?』とか、『俺が続けてればこうはならなかった』とか、まあ言いたい放題だったらしいんだけどね。呼び出されたからってそれに付き合う奴もおかしいよ。それがあるときからぱったりとそういうこともなくなったって誰かが言ってたな。ということはすでに身体を壊してたのかもしれないな。何かそれらしき兆候はあったんだろうね。しかし、恐ろしいよね。ばったり倒れてしまったらそれっきりだ。誰かが近くにいれば、すぐに救急車でも呼んでくれて助かったかもしれないのに。都会のマンションの一人暮らしじゃ誰も気づいてくれないからね。その話を聞いてから、俺も怖くなってしまってさ。寝るときは枕元にスマホを置くようになったりしてさ。どうせ倒れるなら勤務中に会社の中で倒れようと思うんだ。それなら絶対に誰かが気づいてくれるだろうからさ」
木島がからからと大きな声で笑った。
「仙道は野球で鍛えた身体だから大丈夫だと思っているかもしれないが、人間いつ何時倒れるかわからないんだからね。身体が丈夫だからといっても何の保証もないんだよ。せいぜいお互いできることといえば、まあ働き過ぎないことだな。うちの会社は人使いの荒い会社だからな」
そういえば、俺は最近軽い頭痛に悩まされるようになっていた。ときどき右手の指が痺れることもあった。忙しいのにかまけてわざわざ病院に行ったりはしていないが。俺の背筋に何か冷たいものが走った。
木島の後姿はさらに肥ったように見えた。相変わらず昼食後の甘いものはやめられないらしい。




