3話 ミノタウロスに囲まれて
僕は立ち上がると膝の土を手で払う。
みすぼらしい格好を見せたくないという男の性だ。
「君は……済まない、何年生だろうか。その服装に見覚えがなくてな」
「あー、そのですね、僕は――」
言いかけて止める。周りから異様な気配を感じ取ったからだ。同じく目の前の女神も何か感じ取ったらしく、表情が険しいものに変わる。
「なるほど……囲まれているようだ」
「そうみたい、ですね」
「五体、だな」
視線を周りに向けてみると多方向から五体のミノタウロスが姿を見せた。
五体、嫌な思い出が蘇る。
あの時は無我夢中だった事もあって、奇跡的に倒せたが今の僕では恐らく無理だ。
「囲まれていては流石に守りながら戦うのは難しい。少しだけ耐えられるか?」
「大丈夫です。耐えてみせます……いや、二体受け持ちます」
「ほう……その目は、覚悟は決まっているようだな。分かった、君を信じよう」
僕は剣を構えて二体のミノタウロスの方へと向く。
背中には女神のような美しい少女が、三体のミノタウロスと対峙している。
男なら三体受け持て、と言われるかもしれないがこちとらブランクがある以上無理は禁物だ。
「無理はしすぎないように」
「分かりました」
「ではいこうか。アストラ帝国流・流れ星」
背後の気配が消えたと思うと次の瞬間には一体のミノタウロスが細切れになっているのが見えた。
凄い剣速だ。いや、それだけじゃない。
足の運びも速すぎて目で追えなかった。
多分あの人は父さんと互角、それほどまでに動きが洗練されていた。肌で感じる……強者のオーラだ。
「さて、もう一体。アストラ帝国流・流れ星」
また姿が一瞬で消えるともう一体のミノタウロスも細切れになった。
速すぎてミノタウロスも反応できていないようだ。
「よし……剣の動き、足の運び……何となく分かってきたぞ」
僕は模倣するのが得意だ。
女神のようなあの人の動きをトレースすれば……!
技名まで真似するのは恥ずかしかったから適当にもじっておこう。
「アストラ帝国流・流れ星……改!」
地面を踏み締め一気に加速。
そして剣の重みを利用し回転と遠心力で速度を上昇させる。
僕はまだ魔法が使えないからこうやって独自の理論で似たような動きを真似するしかない。
ミノタウロスが反応するよりも速く、細切れ……とまではいかなかったが七つくらいに斬りわかれた。
「よし!次はお前だ!アストラ帝国流・流れ星……改!」
二体目のミノタウロスも反応できずに斧を振り上げたままさっきまで僕がいた場所を見つめている。
このまま剣を振り抜けばッ!
しかし、七年のブランクはそう簡単に埋まるものではなかった。速すぎる動きについてこれず足がもつれミノタウロスの足元で激しく転倒した。
「いでっ!」
そんな隙を逃すはずもなく、ミノタウロスは僕を踏み潰さんと足を高く上げた。
殺される、そう思ったのも束の間、銀の閃光が走りミノタウロスは動きを止めた。
「え?うわっ!」
その後すぐにバラバラになったミノタウロスの肉片が降り注いできて、咄嗟に転がって難を逃れる。
振り返るとちょうど剣を鞘に仕舞う瞬間の女神がいた。その顔は神妙な表情に変わっている。
「君は……さっき私の技を使わなかったか」
「いやいや、滅相もありませんよ。ちょっと我流で剣を振り回しただけです!」
見られていたのか?僕が戦っている間に三体目のミノタウロスを倒していたのだろうか。
「いや、見間違うはずがない。あれは少し違うとはいえ流れ星だった」
「いやいやいや、多分近い動きをしていたからそう見えただけですよ」
恥ずかしい!真似したところを女神に見られていたなんて!しかも、改!だなんて叫んでしまっていたし。
「……ああ、そういえば君の名前を聞いていなかったな。知っていると思うが私はサリア・ライトニング。君は?」
サリア・ライトニングっていうのか。
めちゃくちゃカッコいいな……。
「僕はリバルです」
「リバル……聞いたことがないな。どこのクラスに所属しているんだ?」
「あのー僕は学園の生徒じゃなく――」
「リバル!!」
僕の言葉に被せるように背後からミーシャの声がかけられた。
「リバル……って生徒会長!?」
生徒会長?あ、もしかしてこの目の前にいる女神かな。言われてみればなんかそんな風格もある。
「君は確か、ミーシャ・セレンシアか。ということはリバルは同じクラスの者か?」
「え?いえ、リバルは同じクラスではありません」
ミーシャの後ろには息を切らしたシンクとリナがいる。全力疾走で戻ってきてくれたらしい。
「無事か!!」
シンクとリナの背後からは見たこともない屈強な男の人が大剣を携えて現れた。
多分救援に駆け付けてくれた上級生とやらだろう。
「おっと、生徒会長がいたんすか。じゃあ俺の出番はなしかな」
「ああ、もしかして助けに来たのか?」
「そうっすね。シンクに助けてくれって泣きつかれたらそりゃあ全力で向かうってもんすよ」
屈強な男の言葉にちょっと笑いそうになった。
シンク……お前、キザな野郎かと思ってたけど案外良いやつじゃないか。
シンクも泣きつかれたとか暴露されて若干顔が赤い。
「この死体の数は……一、二……五体もいるじゃねぇか!!流石は生徒会長っすね。ミノタウロス五体を無傷で倒せるなんて数えるほどしかいないっすよ」
「フッ。ガイラ、その中にお前も入っているだろう?」
「ハッハッハ!その代わり周辺が滅茶苦茶になりますがね」
ガイラって名前か。屈強なお兄さんって感じだったから名前も似合ってるよ。
「で?何があったんすか?その少年は……学園のもんじゃないでしょ」
「なに!?リバル、君は学園生じゃないのか?」
突然その場にいた全員の視線が僕に突き刺さる。
めっちゃ居心地悪いな……。でも無言のままだと気まずいし。
「僕はこの山に住んでるただの平民です」
「ただの平民?そんな馬鹿な……ではさっきの剣術はなんだったのだ」
「ちょっとばかし剣の腕が立つだけの平民なんですよ」
「いや、有り得ない。私は確実に見た。アストラ帝国流・流れ星を模倣したのを」
その場にいた全員がざわつく。ミーシャなんて目を見開いて口をパクパクさせていた。
「真似をしただけですよ」
「おいおい、それはホントっすか生徒会長。流れ星は真似しようと思って真似できる技じゃないんすよ?」
「ああ……当然知っている。しかし彼は実際に模倣してみせた。それも自己流に改良した流れ星を」
「ほっほう……リバル、って呼ばれてたよな?もっかい見してくんねぇか?」
ガイラと呼ばれた屈強なアニキに凄まれたら若干怖いぞ。
僕が黙っていると、ガイラさんはニコッと笑う。
「まあそう簡単に手の内は見せらんねぇよな!悪い悪い!でも生徒会長の言葉が本当ならなんで学園にいないんだ?それだけの腕がありゃあ平民でも試験は通るはずだろ?」
「あーそのですね……」
僕はこの山に住んでいる事を話した。
昔、村が襲われた事やそのせいで大切な人を失った事。そして、もう長らく村や町には降りておらず、学園がどうのというのもいまいちよく分かっていない事も話すと、全員が驚いていた。
「なるほど……そうか、若くして世捨て人ってやつか。それにしても七年もずっと一人か、寂しくなかったのか?」
「寂しくないといえば嘘になりますけど、住んでいた村で暮らすのは辛かったので」
「そうだよな……悪いこと、聞いたな」
「いえ、もうだいぶ前の話ですから」
ガイラさんは目をうるうるさせて僕の肩をやさしく叩く。なんとなく気恥ずかしくなり目を逸らすと、ガイラさんの背後で目をこすっているミーシャが視界に入った。
「ミーシャ泣いてる?」
「な、泣いてないわよ!……ただちょっと涙が出てきただけよ」
それを泣いていると言うんだけどな。
「リバル、街に行きたいと思わないか?」
「まあ、久しぶりに山を降りてみたいなとは思っていますけど」
「ふむ……それならちょうどいい。ウチの学園に来ないか?」
サリアさんの提案に僕は首を横に振る。
「いえ……僕はもう騎士を目指していないんです。昔は英雄伝説に憧れて剣を振っていましたけど、守らなければならなかった人達を守れなかったから」
「ならばもう一度腕を磨けばいい。君がいたからミーシャは死ななかった。君がいたからシンク、リナが救援を呼びに行く事ができた。違うか?」
違わない。確かに今回は役に立てたかもしれない。
でも七年のブランクはそう簡単に埋められるものではないんだ。長らく剣を振っていなかったせいで模倣の特技も鈍っていた。
今から騎士を目指すなんて無理がある。
「すみません、僕はここで暮らします」
「そうか……だが私は諦めないぞ。君には天性の才がある。その剣才を腐らせるのは勿体ない」
「そう言っていただけるだけで嬉しいですよ。あ、シンクさん、これありがとうございます」
「ああ、忘れていました。役立ったようで何よりです」
この場に長くいればちょっと揺らいでしまう。
だから僕はそそくさと借りていた剣を返し、全員に頭を下げた。
「もう大丈夫だと思うので僕はこれで。昨日仕掛けた罠を見に行かないといけませんし」
「リバル……学園にこないのかしら?」
「うーん、騎士を目指していない人がいく学園じゃないんでしょ?」
「まあそうだけれど……」
何となく分かっていたことだ。多分彼らの言う学園というのは騎士の養成学校みたいなものだろう。
だから全員が帯剣しているんだ。
そんな所に僕がいるのは間違っている。
「まあもし街で会えたら声かけてよ。一応この山にこれば僕はいるけどミーシャの体力じゃ無理だからさ」
「馬鹿にして!いいわ!アタシもう一度ここに来るから!!」
「体力はつけたほうが良いと思うよ。じゃあまたね!みなさんもお気をつけて」
名残惜しくなるといけないから僕は踵を返し小屋へと歩き始めた。
背中に刺さる視線は彼らから僕が見えなくなるまで、ずっと感じていた。
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