37話 火急の報告
アストラ帝国、帝都アルカディア。人口は八百万を超える大都市である。時刻は真夜中……帝都の象徴でもある帝城には火急の報告が入ってきた。
謁見の間には多数の近衛騎士が並び立ち整列している。赤い絨毯がまっすぐ敷かれていてその上を歩く兵士の面持ちは固い。
「面をあげよ」
皇帝からいつもの決まった台詞が飛ぶと、絨毯の上で片膝を突き頭を垂れる男の肩がピクリと動く。
「面をあげよ」
二度目の声を耳にして男はゆっくりと顔を上げた。その表情はやはり固い。
「貴殿と顔を合わせるのは初めてだな。何用だ」
「はっ。私は西方面に展開している国境警備隊隊長マーラと申します。まずは面会の時間を与えて頂き——」
「挨拶はよい。火急の要件なのだろう?内容だけ伝えてくれれば何も無礼などと言わんよ」
「失礼しました!……では僭越ながら申し上げます。西方面から数千の魔物の群れがこの帝都を目指して来ております」
数千という途方もない数字に謁見の間にいた者たちは目を見開いた。ある者は自分の耳がおかしくなったのかと指でほじくるほど。
「数千の魔物だと?それは真か?」
「はっ!西方警備隊だけでは対処できぬほどの数でございます。何卒応援を頂きたく」
「なぜこのタイミングで来るのだ……今帝国騎士団の主だった面々が遠征に出ておる。宰相、余っている戦力は如何ほどだ」
宰相、そう呼ばれた口髭が目立つ男は一歩前に出ると険しい表情で口を開いた。
「第二、第五、第六騎士団の手が空いております。ただ数千もの魔物の群れを追い払えるほどの戦力ではございませんな」
「たった三部隊のみか……厳しいな」
騎士団は第零から第八部隊まで存在する。中でも一番数の多い第八騎士団がいない時点で帝都を守る戦力は半減していた。
「帝都から魔物の群れまでの距離は分かるか」
「既に二つの村が落とされており、帝都から馬でおよそ三日四日ほどの距離かと……」
「ふむ……急がねばならん、か。学園にも声をかけよ。緊急事態だ、今は子の力も借りねばならん」
「……よろしいのですか?学園に要請すると言う事は、殿下も含まれてしまいますが」
スティーニア学園は良くも悪くも肩書きは意味を成さない。実力至上主義の場所だ。学園に通う者は誰であろうと同じ扱いを受ける。つまり、学園に増援要請を出せば皇子であるエリクも駆り出されるということである。
「構わん。我が息子だからと忖度する必要はない。すぐに要請を出せ。事は一刻を争う!」
皇帝陛下が立ち上がり声を張り上げると宰相は即座に各所へ連絡を取り始めた。
西方面国境警備隊の数はおよそ三百人。とてもではないが数千の魔物を屠る力はない。四方に展開している国境警備隊は基本五百人からなる部隊で結成されているが、西方面だけ数が少ないのは国境と面しているのが敵国ではなく魔物蔓延る森だからであった。
殆ど魔物が国境の防壁まで近づいてくる事はなく、稀に数体の魔物が興味本位で近づいてくる程度だ。故に警備の数を少なく配備されていた。
国境から帝都までの距離は遠い。しかしながら魔物の殲滅は難しく防衛ラインを下げた結果村を二つ潰されてしまっている。
その事について言及されることは無かった。村を二つ潰し時間を稼いだと思われる行動に追求されるかと思いきや、なにも言われなかったのだ。
村を二つ囮にして時間を稼いででも報告に来た事は最適解だった。もしも警備隊が全力で事に当たり村を守るような動きをしていれば今頃隊長が帝都まで報告に行くことすらできず、気づけば帝都間近に迫った魔物の対処に追われるところであった。
当然ながら村人達には避難誘導を行い犠牲者は出していない。ただ家屋や畑は失うことになってしまったが有能な隊長であることには変わりないだろう。
報告を終えた警備隊長は即座に西方面へ戻るよう早馬を走らせた。こうしてる間にも魔物の群れは近付いてきている。少しでも時間を稼がねばならない。
警備隊に合流した隊長は皇帝が応援要請に応えてくれた旨を部下に伝えると、みなが湧いた。
もしも応援がなければ全滅はまのがれなかったからだ。
「とにかくここで少しでも時間を稼ぐぞ。魔法使いは設置型魔法で遅延妨害を頼む。他の者は簡易的な柵を作れ」
三百人で稼げる時間なんてたかがしれている。しかし応援が到着するまではなんとか堪えたいところだ。未だ現在地からは魔物の姿は見えはしないが、やがて肉眼でも見える距離に来るだろう。それがいつかは分からない。明日なのかそれとも数時間後なのか。隊長の焦りと緊張は部下にまで伝播していた。
数時間後、ようやく臨時防衛拠点が作られ辛うじて防衛ができる程度には柵も張り巡らせた。
「隊長、応援はいつ頃到着予定でしょうか?」
「分からん。帝都に残っている戦力をかき集めて再編成、そこからようやく出立だろう。ここから帝都までは早馬で一日と少しといったところだ。早くとも二日後、いや三日後……だろうな」
自分で口にして絶望感が押し寄せる。即席の拠点で二日も耐えられるのか、自問自答しながらもそう答えるしかなかった。
「三日後……僕ら、生きてますかね……」
「逃げたければ逃げろ。既に罠も設置し終えたし若い者が命を落とす必要はない」
「逃げませんよ。僕らは国境警備隊。国境を守るのが仕事ですよ。それに……数千もの魔物が押し寄せたらいくら帝国が巨大国家でも無事では済まないでしょう。そうなったら逃げ場なんてありませんから」
部下は力強くそう答えた。隊長は良い部下を持ったものだと目頭が熱くなる。
「そこまで言うなら共にここを死守しよう。さぁ、今は身体を休めておけ」
部下の肩を叩き休むよう促すと隊長のマーラは監視塔に登り日が落ちていく地平線を見つめる。
そもそもなぜ大量の魔物が押し寄せてきているのか。今までそんな事は一度もなかった。隊長になる前から警備隊に属しているマーラは人生の半分以上を国境警備隊に捧げてきた。それでも今回のような事は一度もなかったのだ。それが不思議でならなかった。
(せめて帝国騎士団の主力が残っていてくれればなんとかなったものを……)
帝国最強の剣聖。六聖の一人は帝都に残っているが他は全て出払っている。出不精と言われているあのレオリックスですら遠征に出てしまっていた。
その残った一人も皇帝陛下の護衛で残っているだけだ。最前線まで出てくることはないだろう。
上級騎士に該当するマーラは今までにも魔物と命のやり取りを繰り広げた事がある。それでも今の方が遥かに恐ろしかった。
蹂躙される未来、帝国が滅ぶ未来が容易に想像できてしまい身体の震えは止まらない。
そんなマーラの目に遠くの方から迫り来る土埃が見えた。
「ま、まさか……もう来たと言うのか……?村には食料の備蓄があったはず。この短時間でそれを全て平らげたというのか……」
マーラは急いで警鐘を鳴らす。時刻は真夜中、部下も身体を休めているタイミングだった。
「敵襲!!敵襲ー!!!」
激しく鳴らされる鐘の音で複数のテントから兵が飛びでてくる。目視で確認できたということはもう接敵まであまり時間はない。
寝起きの身体に鞭打って全員が配置につく。遠くから迫り寄る地面を踏み鳴らす音が恐怖を煽る。
「なんだよ……俺が何したってんだ」
「黙れよ……やるしかないだろ。ここを突破されれば帝都にいる家族が死ぬんだぞ」
「分かってるけどよぉ……こんなのあんまりじゃねぇか。俺まだ警備隊に配属されて一年も経ってないんだぞ」
部下の悲痛な面持ちを見てマーラは顔を背けた。この防衛戦の先に待つのは死、あるのみ。警備隊全員の命を対価にしてでも食い止めなければならないのだ。
魔物の群れが目前に迫る警備隊は、死へのカウントダウンが始まっていた。
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