35話 庇うことになりまして
身動きできない黒装束の首元に剣を突きつける。このまま警備を呼べばいい話だが、それほど大事にはしたくなかった。
「マスクを取れ。じゃないと警備を呼ぶぞ」
そう脅してやると黒装束は一瞬迷いを見せたが、渋々ながらマスクを外した。
「お前は……」
マスクの下には見覚えのある顔があった。確か同じクラスの生徒だ。会話こそ交わしたことはないが、遠目で見た覚えがある。
「なぜこんな事をした」
「……平民に言う義理はないだろう」
たった一言だけ言葉を発したがそれでハッキリとした。彼は純血派に所属している貴族だ。僕を平民と呼ぶのは彼らくらいしかいない。
「ここで襲い掛かればあんたらの学園での立場にも影響するだろ。そこまでして僕を殺したかったのか?」
彼は答えない。多分上からの指示なのだろう。純血派の中でも下っ端である彼に下された命令が僕を闇討ちすることだったのかもしれない。
「目的はなんだ。貴族ならやりようはいくらでもあったはずだろ?」
「答える義理はない」
だんまりか。徹底されているのか何度問いかけても同じ返答しか得られなかった。
「あんた捨て駒にされたんじゃないか?そこに倒れてる二人はどうせあんたの手下だろ。平民だからと侮るほどバカじゃないだろうし」
彼は僕と同じクラスに所属している。つまり、僕の剣の技量は知っている。三人で勝てると思えるほど僕は弱く見えているのだろうか。よほどのバカでない限り、もっと人数を増やして襲ったはずだ。
僕の技量を知っていて尚、闇討ちする事になった経緯はなんとなく想像できる。上からの指示を断れずやむなく、といった具合だろう。
「あんたら純血派はどうして平民を毛嫌いするんだ。平民の税収がなければ貴族だって裕福な暮らしはできない。平民を虐げれば自分たちの首を絞める事になるんだぞ?」
「……そんなもの分かっている。だがな、貴族というのは自分達が特別であると自認しているんだよ。だから平民と対等でいるなんて虫唾が走るんだ」
ようやく話したと思えば、彼は本音をポツリポツリと零した。
「俺だって平民を虐げることに意味がないことなんて理解している。それでも上の連中は自分達が特別でなければならないんだ。貴族と平民が同じ学園に通うことすら忌諱するほどにな」
「なるほど……それで僕を襲ったと?でもこんな学園の敷地内で襲い掛かったらあんたらだって無事では済まないはずだ。よくて停学、悪ければ学園追放処分だろ」
「……ああ。覚悟はできているさ。上からの指示に逆らえば家ごと潰されるからな。だから無理だと分かっていても一縷の望みにかけてお前を殺そうとした。……もういいだろ、さっさと警備を呼べ。お前を殺せなかった時点で俺は終わりだ」
同情するわけではないが、僕だってここで彼を突き放すほど冷たい人間ではない。彼はまだ良心があるまともな部類の貴族だ。だからここで警備を呼ぶことはしない。僕が剣を鞘にしまうと、彼は驚いた表情を浮かべた。
「なんのつもりだ」
「いや、僕が警備を呼ばなければあんたは追放される事ないだろ?」
「……俺はお前を殺そうとしたんだぞ」
「でも殺せなかった。だから僕が目をつぶれば闇討ちなんて無かったことになる」
「ここでお前を殺せなかったということは俺はもう終わりなんだよ!……家ごと潰されて路頭に迷うだけだ……」
なんか可哀想に思えてきたな。彼だって暗殺なんてやりたくなかっただろうし。別に怪我を負ったわけでもないから僕としてはもう終わりにしたいんだけど。
「じゃあこうしよう。派閥を抜けて寛容派に乗り換えたら?」
「そんな簡単な話じゃない。貴族というのは面子を一番気にするんだ。派閥を抜けようものなら殺される」
嫌な派閥だなぁ。抜けることも簡単じゃないのか。貴族ってめんどくさいね。
「うーん、もし暗殺に失敗したって伝えたらどうなる?」
「即座に殺されはしないだろうが、鉱山送りにされるだろうな」
「行かなかったら?」
「連れて行かれるんだよ。家族ごと、な」
「じゃあ殺したって事にして、家族を逃がしたら?」
「いずれバレる。バレれば終わりだ」
「よし!じゃああんたに指示を下した人のもとへ僕を一緒に連れて行ってもらえる?」
僕がそう言うと彼は目を見開いて驚いた。まさか一緒に行くだなんて提案が出てくるとは思ってなかったんだろう。
「正気か?……殺されるぞ」
「一旦話し合いで解決できるか試してみたい」
「……無理だ。あの方が平民と同じテーブルにつくなど想像もできないぞ」
「まあ挑戦することに意味があるからさ。あー、名前聞いてなかったな。あんたの名前は?」
「……どうなっても知らんぞ。俺はドレッド・タイラー」
「僕はリバル。って知ってるよな」
手を差し伸べるとドレッドは渋々手を取り立ち上がる。それを見て怪我を負ったドレッドの部下が恐る恐る近づいてくる。剣の腕前は大したことないけど気迫だけならそこそこあった。
「こいつらは俺の弟と妹だ」
「え!?」
ドレッドが合図をすると二人ともマスクを外す。弟の方は目を逸らし妹の方はキッと僕を睨んでいた。
「ほら、名前くらい言ったらどうだ」
「……ボ、ボクはトール、です」
「……サリー」
さっきまでの気迫はどこへやら、弟君の気弱な雰囲気には驚かされた。対する妹のサリーは殆ど喋らない。
「このまま指定の場所に向かう。着いてこい」
ドレッドに従い、僕は学園を出た。どこに連れて行かれるのかと思っていると、帝都の中でも寂れて荒くれ者が多いと言われている区画、いわゆるスラム街のような雰囲気の場所だった。
路地裏に入り人気のない狭い通路を抜けて、辿り着いたのは地下へと続く階段。ドレッドは鍵を開けるとそのまま下っていく。僕もそれに続いて降りていくと、扉が一つだけある空間に出た。
「ここ?」
「ああ。おまえは一旦ここにいろ。合図したら入ってこい」
ドレッド達は扉を開けて中へと入っていった。薄暗いし人気もないし一人さみしく待つこと五分。扉がソッと開きドレッドが手招きする。
中へ入ると、そこそこの広さの部屋が一つ、そして奥にもう一枚扉に隔てられた部屋があった。
「連れてきました」
ドレッドが頭を下げる先を見ると、どこかで見たことのある人物がいた。
「貴方は……確かシグルドさん、でしたか?」
「ん?それは父の名だ。俺はルクス、お前が噂の平民か?」
前に学園で見かけたシグルドさんの若い頃と言われても頷いてしまうくらい似ている。目つきはキツく面と向かって話すのも緊張してしまうな。
「俺に話がしたいと言ったのはお前だな?」
「そうです。話し合いで解決できる問題なのかどうかは分かりませんが、僕自身どうして命を狙われるのか知りたいので」
ルクスは顎で僕に座れと合図する。彼の目の前にあるソファに腰掛けるとどこに隠れていたのか三人の男が現れ僕に剣を突きつけてきた。
「貴様、平民の立場で俺と話がしたいと言ったそうだな。そうだなドレッド」
「は、はい。彼がルクス様と話し合いがしたいと」
「ほう……?用件はなんだ。言ってみろ」
うーむ、ちょっと怖そうな雰囲気だ。冗談でも剣を抜くような動作をとれば殺されるだろう。
「えーっと、その、まずは一つ目ですがドレッドに指示を出したと聞きました。僕を暗殺するように」
「ああ、相違ない」
「結果、失敗に終わっています。まあ僕がここにいるからそれはお分かりかと思いますが」
「そうだな。で?何が言いたい」
なんか一言一句が怖いんだよなこの人。目つきもキリッとしてるし。
「ドレッドは失敗したということで鉱山送りにされると聞きました。それをなんとか許してやってもらえないですかね?」
「……ちょっと待て。お前は我々の標的だった、そうだな?なぜそのお前が殺しに来たはずのコイツを庇う」
「いや、まあなんというか、可哀想だなと思いまして」
コイツやべぇやつか?って目で見るのは止めてほしい。僕に剣を突きつけている人達もギョッとした表情だ。しばらく無言が続き、ルクスが口を開いた。
「ダメだ。貴族に失敗は許されん。それもたかが平民が口利きをした程度で許せるものか」
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