31話 不穏な影
——キンバリー侯爵家、本邸。
ライナスはエリクへ直訴したあと父親であるマルクスの元にいた。
「ライナス、それは本当か?」
マルクスはライナスから話を聞いて険しい表情を浮かべて問いかける。話というのはエリクが平民と交友を深めているという内容である。
「本当です。先程殿下にも忠告しましたがお考えは変わらないようでした」
「ふん、面倒な……醜聞というものを考えんのかあの若造は」
皇子を若造呼ばわりする時点で無礼が過ぎる行為だが、ここはキンバリー本邸であるが故に好き放題に言っていた。
「それで若造のそばにおる平民はなんという名だ?」
「リバル、と。噂では生徒会長が連れてきたなどと言われておりました」
「そもそもあの学園に平民を入れるなど何を考えておるのだ。質が落ちるであろうが」
マルクスは完全な貴族主義だ。平民など搾取されるべき存在でしかないとまで考えている。
「お前はその男に忠告したんだろ?」
「もちろんです。立場を弁えよと」
「それでも変わらぬのならば分からせてやればいい。そのリバルとかいう平民の身元を調べる。家族でもなんでも人質にとってやれば自分の立場を思い知るだろう」
マルクスはいやらしい笑みを浮かべて部下を呼ぶと、リバルの身辺調査を命じた。
「若造も若造だ。立場というものが分かっておらん。やはり我々純血派が国を正しい方向へ導くべきであるな」
「そう思います。殿下のような性格では混沌としたこの帝国を正すのは不可能かと」
純血派の貴族が反旗を翻せば皇帝も見過ごせない。寛容派閥に属する貴族の数に比べれば圧倒的に少ないが、一つ一つの家が大きく保有戦力は馬鹿にならない為だ。
帝国のトップ、皇帝であっても全てを御するのは難しい。特に公爵家などの旅団レベルの戦力を保有している貴族が相手となれば軍を動かしたとしても苦戦を強いられるだろう。
「そういえば今週末には純血派の集会があるな。丁度いい、その平民の話を皆に聞かせてやろう」
マルクスはコートを羽織ると執事を呼ぶ。純血派の貴族が真っ昼間から集会をしていれば国家反乱の予兆ありと判断される。だから深夜帯に不定期な集会を行っていた。
——数日後。
集会はオールウィン公爵家の別邸で行われる。マルクスが到着した時には既に半数の貴族が集結していた。
「マルクスただいま到着いたしました」
横柄な態度は身を潜め、最大級の敬う態度を見せるマルクス。その相手はシグルド・オールウィン公爵だった。
「来たかマルクス。いつもすまないな夜遅くに」
「いえいえ、シグルド殿が皆を集めるというなれば、来ないわけにはまいりませぬ」
あからさまなへりくだる態度にシグルドは若干眉をひそめる。だが声には出さない。彼もまた同士だからだ。
全員が集まるとシグルドは一つ咳払いをして皆に感謝を述べた。わざわざ純血派の筆頭であるシグルドが感謝などする必要はないのだが、同士にはいい顔をしておきたいというのが本音だ。
「今宵もお集まり頂き感謝する。各々席についてくれたまえ」
シグルドが着席を促すと貴族らは一斉に座る。それを見届けシグルドも席につく。
「集まってもらったのは情報共有のためだ。まず私は本日スティーニア学園に顔を出した。実力主義を謳うあの学園には平民もいる。そこまではみなも周知している事だろう。だからわざわざ私が学園長に意見を申し入れに行ったのだ。平民を受け入れる体勢は見直せと」
みな静かに頷く。賛成することではなくともわざわざ反対意見を投げる必要もない話だ。だが、次の話になるとみな一様に顔を顰める。
「あの学園に通う平民は少ない。そして、我が国の皇子もまたあの学園に通っている。下賤な平民如きが皇子と同じ学園に通うのも腹が煮えくり返る思いだが、あろうことか皇子は平民と交友を深めているという」
ざわつき始めると、シグルドが一度手を叩いて静かにさせた。
「落ち着け。まずは詳しく聞きたい者もいるだろう。マルクス、頼めるか」
「もちろんでございます——」
マルクスはライナスから聞いた話を全て話した。平民と仲を深めるのも純血派にとっては許されない行為だったが、何よりもエリクがライナスの意見を聞き入れなかったのだ。
「ふむ、マルクス殿の御子息から意見を述べた、と。しかしながら殿下は耳を傾けなかったと申しますか」
「うむそうだ。ジャレク殿、我が息子の話など聞く耳持たぬ様子だったらしい」
「なんと……いくら殿下といえども侯爵家を軽く見すぎではないか?」
「いや、それどころかこないだの交流会ではジャレク殿の元に挨拶すらこなかったらしいぞ」
みなが口々に思い出したかのように皇族批判を繰り返す。そもそも本来交流会では彼らが皇族の元へ挨拶に行くものであって、決して待つものではない。
「平民の肩を持つのは昔から変わらんな……皇帝陛下もなぜ平民に手を差し伸べるのだ」
「ボストン殿、やはり我々純血派が新たな国を起こすべきなのでは?」
上級貴族であるジャレク伯爵とボストン辺境伯が不穏な事を言い出す。それに賛同する者ばかりで彼らを見るシグルドの口元はニヤリと口角が上がっていた。
「みな落ち着いてくれ。逸る気持ちは分かる、だが気を急くと足をすくわれかねん。まずは地盤固めといこうではないか」
シグルドには策があった。執事に一つの箱を持ってこさせるとテーブルへと置く。それがなんなのか誰も分からず不思議そうに見つめる者ばかりであった。
「シグルド殿、それは一体なんでしょうか」
「これはとある国から取り寄せた代物だ。貴殿達は同士、故にこれを見せよう」
厳重に管理された箱を開け、更にシグルドだけが持つ鍵で二重鍵を開けると中からはメイドらを呼ぶ際に使うような手持ちの綺麗な呼び鈴が入っていた。
「なっ……シグルド殿、それは……」
貴族の一人がそれが何か気付いたのか真っ青な顔で問いかける。
「ふむ、ジャレク殿は知っているようだが、これは魔物の鈴と呼ばれる代物だ」
「それは国家が持込を禁じている物では?」
「そうだ。だからこそこうして厳重に保管している」
ザワツキが広がる。国家が禁じている物を国内に持ち込むという行為は重大な違反行為だ。それを目の前の人物がやってしまっている。流石に驚愕するしかなかった貴族らは言葉を失う。
「シグルド殿、してその鈴はどういった効果が?」
マルクスはそもそもその鈴がどうして禁じられた物として扱われているのかすら知らない。どういった効果があるのか分かっているのは最初に鈴を見た瞬間顔を真っ青に染めた貴族、ジャレク・トラン伯爵くらいである。
「この鈴は魔物を呼ぶことができる。それも何十ではない。何百という魔物を呼び寄せる」
「それは……恐ろしい魔道具ですね」
流石にマルクスも息を呑んだ。それだけの魔物が帝都に入り込めばどうなるかなど想像に容易い。国を潰すつもりなのか、そう思われてもおかしくはない。
「それだけではないぞ。これで呼び寄せた魔物は思い通りに動く。つまり、操れるということだ」
どよめきが走る。魔物を操るなど特殊な魔法を用いるかでもしないと不可能だった。それがシグルドの手元にある鈴一つで可能になるなど青天の霹靂であった。
「ということはそれで帝国の膿をなくしてしまうということですね?」
「そういう事だ。私自らやってもいいが……そうだな、たまには貴殿達にも活躍の機会を与えたい。皇位簒奪が成功すればこの国は我々のものになる。その功労者になりたいという者はいるかね?」
シグルドが全員を見回すと、マルクスが擦り寄ってきた。その顔には既に未来が見えているのかニタニタとした笑みが浮かんでいる。
「ほう、マルクス。貴殿がやりたいと、そう申すか」
「ええ、ええ。私めにおまかせを。この腐りきった帝国を変えたいのです。私が先陣を切りましょう」
「うむ、皆の者、マルクスに任せるがよいか?」
全員が頷く。魔物を操り皇位を簒奪する役目はなかなか責任が重い。功労者になりたくとも勇気が出ないのだ。
マルクスはそんな彼らを見てまた嫌らしい笑みを浮かべる。この計画が成功すればいよいよ帝国を牛耳る大物へとのし上がれる。ヘタレ共め、とでも言いたげな目だ。
「では頼むぞマルクス。子細はこの後詰めよう。この鈴で帝国に蔓延る邪魔者には消えてもらおうか……さて諸君、本日の集会はこれにて閉会とする」
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