23話 注目の的
エリクとリバルの模擬戦は注目の的だった。一級クラス全員が二人を見守る。そこには先生とアメリアも含まれていた。
「殿下が自分から模擬戦を希望する相手など初めて見たぞ」
「いえ、それよりアメリア様が気に掛けているのはどういう事かしら?」
「そもそも途中入学してくる学生など聞いたことがない」
一級クラスの生徒達の間でリバルについての憶測が飛び交う。曰く平民の皮を被った王族だとか、貴族の弱みを握っているだとか。
どれもこれも噂に過ぎないのだが、学生というのは噂話が好きである。つまりいい話のネタになっていた。
「ミーシャさん、あの方は一体なんなんですの?平民、なのですわよね?」
「え、ええ。そのはず、よ」
ミーシャは口ごもる。平民だとは本人の口からも聞いているが、どうしてか王族に気に入られ六聖にまで目をかけられているリバルを見て、自信がなくなっていた。
他の生徒からしてみればミーシャも注目の的である。王族から気に入られ六聖にまで目をかけられている謎の平民と親しくしていれば無理もない。
しかし、そんな様子を見ていて面白くないと感じる者もいた。純血派と呼ばれる貴族のみで構成された派閥に属する者たちだ。彼らは純粋な貴族の血以外は認めない。当然平民であるリバルなどもってのほかである。
一級クラスの中の実に四分の一が純血派の貴族令息、令嬢だ。それらを纏め上げている侯爵家の嫡男、ライナス・キンバリーのリバルを見る目には明確な敵意があった。
「ライナスさん、アイツ皇子殿下にあの口の利き方……許せませんよ」
「分かっている。だが今はまだ堪えろ。模擬戦闘の授業は今日だけではない」
「ですが……いいんですか?あんな奴をのさばらせておいて」
「お前は分かっていないな。今この場でしゃしゃり出るような真似をしてみろ。ソニア殿下とエリク殿下を敵に回すことになるぞ」
ライナスは自身の派閥に属する下級貴族を制止する。リバルのような平民が皇子、王女と懇意にしているなど我慢ならないのだが、理性で抑えていた。
「模擬戦でボコボコにしてやればいい。とにかく今はアイツの実力が如何なものか見定めさせてもらおうか」
「……もし、六聖が気に掛けるような剣士であれば、どうしますか?」
「……やりようはある。個の力など数の前では無力だと教えてやればいいだけだ」
「流石はライナスさんです!」
アメリアはなんとしてもリバルと恋仲になりたかった。未来の旦那候補にするべき人材。これを逃さないはずもない。
本来臨時講師は別の者に依頼する予定だったガーベラ学園長のもとに直接掛け合ったのだ。あまりの熱意にガーベラも頷くしかなかった。
(フフフ……レオリックスのモノになんてさせないわ。あの子は絶対に私が手に入れる)
ガーベラは最初アメリアを臨時講師になどするつもりなどさらさらなかったのだが、数時間にも渡る直接交渉の末、ガーベラが折れた形である。
それをあたかも最初から依頼されていたというていで、他の教師陣に周知させたのだ。
己の婚活となればどんな手をも使う。アメリアは密かにそう噂される人物でもあった。
リバルがどれほどの実力なのか気になる生徒達だったが、実を言えばエリクも注目の的である。
エリクは学年二位の才能あふれる剣士だ。強者と強者?の戦いがどんなドラマを生むのか、みな楽しみだった。ただエリクの従者や皇族側の派閥に属する者達は冷や汗ものである。
リバルの強さがいかほどか分からず、御身を危険に晒してよいものか自問自答している者もいるほどだ。
しかしそんな二人よりも興味を持たれている人物がいる。ソニア・シェラードである。
彼女は一年生の頃から常に一人だった。模擬戦闘授業の際は必ずと言っていいほど最後まで残る。残り者同士で組むことばかりであった。
ところが今回、ソニアは自らリバルに声を掛けている。どんな心境の変化があったのか、みな気になっていた。それでも誰一人として本人に聞こうとしないのは近づき難い雰囲気を常に纏っているせいである。
一人で本を読み、訓練場に出ることがあっても隅でジッとしている事が多いソニアに友達などいるはずもない。それでも勇気を出して声を掛けた者は少数ながら居た。悲しいことに結果は残念なもので終わっている。ソニアは声を掛けてくれた同級生をまともに相手にしなかった。冷たい態度を取られた者は当然ながら離れていく。
昔から何の利益もなく自分に擦り寄る者など碌な相手ではない、そう教え込まれていた王族教育のせいである。それに加えて他国の王女であるが故に、下手に関われば自分の身が危ういのではないかと次第にソニアへ近づく者は減っていった。
「ソニア様があれだけ喋ってるのを初めて見たわ」
「いつも一人で本読んでるしな」
「めちゃくちゃグイグイいってないかあれ?」
「てかソニア様が自分から模擬戦に参加すると言い出したの初めてじゃね?」
友人もいない、立場は王族、しかし教師として無視はできず余り者同士でペアを組ませて授業に参加させる。だからソニアが自らの意思で模擬戦をやりたいと言い出した事は教師にとっても驚愕に値する出来事だった。
噂の中心にいるソニアはというと、ただ黙って順番待ちなどせず足を伸ばしたり剣を振ったりと柔軟体操までしていた。相当な本気度が伺える所作だ。
「ソニア殿下、どうしてリバル君との模擬戦を望むんですか?」
エリクとリバルの準備が整うまでただ待つのも暇だったアメリアは、ソニアへと話し掛ける。
「あの人……私を知らなかったから」
「知らなかった、ですか?」
「そう。私のことを知らずにただ一人の学生として声を掛けてくれたから」
「あの子は平民ですからね。他国の王女殿下の顔を知らなくても無理はありません」
「それに……この国の六聖と呼ばれる方に興味を持たれているのも気になります」
へりくだった対応をされるのはもう飽き飽きしているソニアにとってリバルのような存在は新鮮で楽しかった。だから職員室への案内時に少しいたずら心に火がついた。
「あまり口外するべきではないのかもしれませんが、ここだけの話……あの子模倣剣術の使い手なんですよ。珍しいでしょう?」
「そうなのですか?模倣剣術……確かにそんな剣術があることは知っていますが、あの人がそれを……?」
「ええそうです。興味が尽きませんよ彼は。……まあ将来的には私の……ごほんごほん。何でもありません」
もう少しで自身の野望をバラしてしまうところだったアメリアは自慢気な表情で言いかけて適当に誤魔化す。
「あ、そろそろ始まりそうですね。ソニア様、もう少し離れておきましょう。万が一の際は私が守りますが、安全を考えれば距離を——」
アメリアの話など聞いていないのかソニアは数歩近づいてその場に座り込んだ。
「近くで見たいんです」
「そ。そうですか」
ソニアはそれだけ言うとリバルへと視線を向ける。アメリアはため息をついてソニアの側に座り込んだ。
ソニアは良くも悪くも有名な王女だ。マイペースで自身の立場を考えていない言動が多々見られる。それがソニアの個性と言う者もいれば、王女としての自覚が足りないという者もいる。アメリアはそんなソニアに強くでられず、折れることを選んでいた。
「あ〜ヒヤヒヤするわ。エリク殿下が大怪我でもしたらリバルは処刑されるんじゃないかしら?」
「うーんどうだろ?だってリバル君って殿下の友人でしょ。ならお咎めなしなんじゃない?」
ミーシャはリバルとエリクの模擬戦が恐ろしくて堪らなかった。平民と皇族。相容れない立場であるはずなのに何の因果か模擬戦をすることになるなんて誰が考えただろうか。
誰も気づいていないがエリクには影から見守る護衛が数人いる。その者達は万が一の際には飛び込み、リバルの首を刎ねるつもりだ。
いくらエリクが友人と言ったとしても、皇族に傷を負わせるなどもってのほか。エリクの実力を疑ってはいないが、六聖までもが気に掛ける相手だ。護衛の者達は固い表情で見守っていた。
「始め!」
数秒の静寂の後、訓練場にはアメリアの声が響き渡った。
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