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薬仙の帰還  作者: 夏目葵
9/40

第九話 お祭りは何処でも楽しい

「今年も、魔人祭まで、あと少しだな。」


「なんですかそれ?」


月影教げつえいきょう最大のお祭りだ。

3日間の祭りの最後には、教主様が舞いを捧げる。」


「へぇ。楽しそうですね。」



「うちも、露店を出すが、最終日は休みだ。」


露店か。

やっとバニラビーンズを使うときがきた。

今からでも、メニューを増やせるか?


「沈七も、誰か誘って見て回ったらどうだ。2軒隣の反物やの娘が、お前のこと気になるみたいだぞ。」


プリンだったら、作れるか?

それとも、アイスクリーム。

クッキー。

新鮮な牛の乳をどうやって、手に入れるかが問題だ。


「こいつめ、聞いてないな。」


ブツブツと、自分の世界に入っている沈七に、楊店長は、あきれ返った。




~~~~~~


とある日。


いつも通り崑崙閣にやってきた裴兄。



「沈七。魔人祭の最終日、休みだって店長が言ってたぞ。」


「はい。一緒に行く人もいないので、一人で回るつもりです。」


「それなら、俺と行くか?」


「え~裴兄とですか。」


「いやなのか。」


「男どうしですし。」


まさか、裴兄に、誘われるとは思ってなかった。


「いいだろ。俺達は友なんだから。」


「友ですか?」


嬉しい。


裴兄は、そう思ってたのか。


それなら。


「ふふ、友なら、一緒に行ってもいいですね。よろしくお願いします。」


~~~~~~~~



祭事まで、あと三日。


夜陵城は、いつも以上に賑わっていた。


通りには色鮮やかな布が飾られ。


屋台を組み立てる音が響く。


子供達は走り回り。


商人達は客寄せの準備に忙しい。


町全体が浮き足立っていた。


「祭りですねぇ。」


沈七は大きな籠を抱えながら、通りを歩いていた。


中身は香辛料。


砂糖。


乾果。


蜂蜜。


そして、秘蔵の香料。


「ふふふ。」


思わず笑みが漏れる。


祭り用の甘味。


今から作るのが楽しみで仕方ない。


薬草を扱う時とは違う意味で真剣だった。


~~~~~~


一方。


魔天閣。


執務室。


裴玄夜は報告書を読んでいた。


だが。


内容は頭に入らない。


「君上?」


側近が恐る恐る声をかける。


「……何だ。」


「先程から同じ頁を見ています。」


「そうか。」


実際には一文字も読んでいなかった。


頭に浮かぶのは。


沈七。


ただ一人だった。


薬の知識。


香の配合。


診察の手際。


言葉遣い。


患者を見る目。


どれも似すぎている。


偶然にしては。


出来すぎていた。


だが。


顔は違う。


声も違う。


性格も違う。


食い意地に至っては正反対だ。


師尊は昔から少食だった。


少なくとも、俺の記憶の中では。


「まさかな。」


呟く。


ありえない。


そんなことは。


ありえるはずがない。


~~~~~~




その頃、沈七は、祭りの料理作りに勤しんでいた。


「やっと完成です!」


厨房の机の上。


アイスクリーム。


蜜をかけた冷たいプリン。


そして。


焼き菓子。


揚げ菓子。


蒸し菓子。


大量に並んでいた。


「これは売れますね。」


誰も聞いていないのに一人で頷く。


完全に祭りモードだった。


その夜、みせを閉めたあと。


沈七は部屋に戻った。


いそいそと、持ってきた物を机に並べる。


「いいかんじ。」


机の上には。


焼餅。


茶。


お気に入りの香。


一冊の本。


優雅で、平穏。


ちょっと、満たされた気分になる。


「静かな夜だな~」


ふと。


窓の外を見る。


夜空。


星。


月。


懐かしい。


日本にいた頃も。


疲れたとき、夜空を見ることがあった。


薬仙だった頃。


日本で暮らしていた頃。


今の自分。


どれも遠い。


どれも自分だった。


「変な人生ですね。」


誰に言うでもなく呟く。


そして。


笑った。




~~~~~~


その頃。


魔天閣の最奥。


羅城の間。


裴玄夜は再び白銀の仙人の前にいた。


眠るような姿。


十三年変わらない顔。


変わらない時間。


「師尊。」


静かな声。


「あなたなのですか?」


返事はない。


当然だ。


それでも続ける。


「そんなはず、ないですよね。師尊はここにいる」


長い沈黙。


「あまりにも、似ているから。つい想像してしまう。」


拳を握る。


「でも、どこか違うと感じる事もあるんです。ただ似ているだけ。本当はそうなんだと思います。」


でも、ときどき師尊が生きているのではないかと思ってしまう。


それは夢だ。


自分が作り出した妄想だ。


都合のいい願望だ。


自分は、日に日に壊れていく。


十三年間。


気が狂う月日だった。


「師尊。」


小さく名前を呼ぶ。


祭事まで。


あと僅か。




~~~~~~


魔人祭初日。


崑崙閣の出店は大賑わいだった。


この、世界にはない、プリンや、クッキーだったが、試食をした人が、次々と買っていく。


店の名物、豚の煮込みも飛ぶように売れた。


大忙し。


沈七は、武功を駆使して、料理を仕上げていく。


恐ろしい速さだ。


それを見物する人も出るほどだった。


寅の刻を待たず、全ての食材を使いきった。



「お疲れ様。特別給料だ。」


店主の楊は、従業員一人一人に給金を払っていく。


「沈七。お前は、特別に多めにしてある。明日も、よろしくな。」


「こんなに、ありがとうございます。」


にこにこと嬉しそうな沈七を見て、楊店主は

不思議な気持ちになった。


ある日突然、雇ってくれとやってきて、2ヶ月あまり。


沈七は、明らかに庶民とは違う。


武功もそうだが、その薬師としての腕前は桁違いだ。


そんな男が、なぜ料理人なんてやっているのか?


確かに、彼の作る料理は驚くほど美味しい。

それだけでなく、見たことのない異国の料理まで作れる。


だが、所詮厨師。


それだけの才があれば、普通は選ばない仕事だ。


最初は冷やかしだと思った。


でも違った。


「なぁ、沈七。なんで料理人になったんだ。」


「料理が好きだからです。」


「いや、それはそうだが。」


「美味しいものは、人を幸せにします。一番の薬です。だから、料理人になりたかったんです。」


「・・・でも、本当は」


「本当は?」


「これ、秘密なんですけど、私は食べるのが好きなんです。美味しい物食べたいので、自分で作ることにしたんです。」


「はは。沈七らしいな。でも、秘密にできてないぞ。」


「そんな!いつも、ちょっとしか食べてないのに、なんでバレたんでしょうか。」


本気で不思議そうな沈七に、楊店主は絶句した。



「お前の言う『ちょっと』は信用できん。」


「失礼ですね。」


「焼餅十個食って言う台詞じゃない」



「?」





~~~~~~~~



魔人祭2日目


今日も朝から崑崙閣は大賑わいだ。


昨日と、少し違うのは、昨晩から飲み明し、 

ぐったりとしている人が多い事だろうか。


「沈七、薬膳粥一つ。」


「こっちにも、一つくれ。」


「こっちは、三つたのむ。」


沈七の薬膳粥は二日酔いに効く。


そんな、噂がながれ、多くの人が薬膳粥を食べにきた。


忙しく働いていると、あっという間に丑の刻になり、ようやく客脚が落ち着いてきた。


沈七は大鍋の前で大きく息を吐く。


「疲れたぁ。」


本日何杯目かわからない薬膳粥。


空になった鍋を見て達成感に浸る。



少し休憩。


果樹水をもらい、隅っこの椅子に腰かける。


ほとんどの力出しきった。



「冷たくて美味しい。」


氷功は得意じゃない。


でも、毎日料理の温度を保つのに使ってる。


繊細な温度調節が必要だから、かなり上達した。


弟子に、この方法で修行させようか。


・・・もう、弟子を取ることはないか。


一人は、魔教主


もう、一人は自分を殺し。

なぜか、この身体を貸してくれた。


人を育てる才能がないから。


ぼぉっと座っていると、旅の道化が店の前で

劇を始めた。


誰もが知っている、一人の皇帝の物語。


身分の低い美しい娘との恋愛。


娘は、妃になるが殺されしまう。


大切な人を失った皇帝は、気が狂い。


最後は戦いの中で無惨に死んでいく。



「あ。」


道化の一人が、剣舞の途中。


あやまって、脚に剣を落とした。


「大変だ。」


沈七はすぐさま薬箱を持って駆けつけた。


「大丈夫ですか?」


「痛い。痛い。」


青白い顔をして、堪えている道化。


急いで怪我の状態を確認する。


足の甲に、刺さったようだ。


幸い、神経は傷ついていない。


ほっと、一息。よかった。


「大丈夫。少し深いですが、きちんと治ります。」


手早く消毒し、薬を塗り込む。

最後に包帯を巻いた。


「暫く、脚を使わないで下さい。」


「そ、そんなぁ。かきいれ時なのに。」


「無理をすると、歩けなくなりますよ。」


悲しそうな道化。


すこし、不憫に思うが仕方ない。


男の衣を見ると、この男は主役の皇帝役のようだ。


これは、ここで劇を中止するしかないだろう。





ふと、周囲の人達の会話が聞こえた。


「さすが、沈七。あっという間に治療しちまった。」


「劇、最後まで見れなかった。」


「仕方ないさ。」


「そういえば、昼間に沈七が、とんでもない速さで動いてたな。あれ武功じゃないか。」


「確かに。もしかして、沈七なら続きやれるんじゃないか?」


「言い案だ。道化の方々、あの兄さんに頼んでみたらどうだ。」



・・・なにやら、話の流れが不穏だ。


さっさと、逃げよう。


すっと、立ち上がった時だった。


「あの、薬師様。」


恐る恐る声を掛けてきたのは、劇団の座長だった。


「お願いです。最後の一幕だけでも代役をお願いできませんか。」


「え?」


沈七は固まった。


「無理です。」


即答だった。


「私、演技なんてした事ありません。」


「そこをなんとか!」


座長が頭を下げる。


周囲の客達も口々に言う。


「沈七ならできる!」


「見てみたい!」


いや、そういう問題ではない。


沈七は助けを求めるように辺りを見回した。


しかし誰も助けてくれない。


楊店主に至っては、


「頑張れ。」


と笑っている。


裏切り者だ。


結局、押し切られた。


沈七は皇帝の衣装を着せられ、舞台へ上がる。


観客席から歓声が上がった。


「おお!」


「似合う!」


「本物の皇帝みたいだ!」


沈七は居心地悪そうに袖を引っ張る。


妙に落ち着かない。


物語は終盤に進む。


愛する妃を失った皇帝。


国も民も守れず。


狂気の中で戦場へ向かう。


敵兵に囲まれながらも。


皇帝は剣を抜いた。


これは演技だ。


だが、沈七が剣を握った瞬間。


空気が変わった。


静まり返る会場。


剣が流れるように舞う。


一歩。


また一歩。


無駄のない足運び。


銀の軌跡を描く剣先。


まるで本当に戦場に立っているかのようだった。


観客達は息を呑んだ。


「綺麗だ・・・」


誰かが呟いた。


速い。


軽やかで。


美しく。


そしてどこか悲しい。


武功を使ってるわけじゃない。


だが、一つ一つの所作が洗練されていた。


まるで本当に修羅場を潜り抜けてきた人間の剣。


観客は言葉を失う。


最後の場面。


無数の敵兵に囲まれた皇帝。


沈七は静かに笑った。


「守れなかったな。」


剣を落とす。


膝をつく。


そして。


静かに倒れた。


幕が下りる。


一瞬の静寂。


次の瞬間。


割れんばかりの拍手が起きた。





「皇帝様ー!」


「もう一回やってくれ!」


「沈七ー!」


ばたばた、舞台袖へ逃げ込んだ沈七は顔を覆った。


「なんでこんな事に・・・。」


劇団の者達は涙ぐみながら頭を下げた。


「助かりました。」


「本当にありがとうございました。」


沈七は困ったように笑う。


「怪我が治るまで、無理はしないでくださいね。」


そう言うと。


再び客席から歓声が聞こえた。


祭りはまだ終わらない。




~~~~~~~~



魔人祭最終日。


昼過ぎに、裴兄が崑崙閣に向かえにきた。


そして、部屋から出できた沈七を見て

深くため息をつつく。


「なんですか?」


薄茶色の短い上着に同じ色のズボン。


何時もと同じ、仕事用の服装だ。


「その格好でいくつもりか?もう少し着飾ったらどうだ?」


「必要あります?」


「折角の祭りだ。皆それぞれ、着飾る。それでは、逆に目立つ。」


「そんなものですか?」


「そんなものだ。」


沈七は少し考えた。

そして頷く。


「わかりました。少し待っていてください。」 


パタパタと階段を上る沈七を見送る。


裴玄夜は腕を組みながら待つ。


正直。


あまり期待はしていなかった。


沈七の事だ。


少し綺麗な服に着替える程度だろう。


そう思っていた。


しばらくして。


階段から足音が聞こえる。


とん。


とん。


ゆっくり降りてくる人影を見て。


裴玄夜は固まった。 


半分だけ結った豊かな髪。


白に近い淡青色の長衣。


袖には銀糸の刺繍。


腰には翡翠の飾り。


そして。


何より。


そこに立っていた男の雰囲気が違う。


普段の沈七ではない。


静かで。


穏やかで。


どこか近寄り難い。


仙人のような空気を纏っていた。





「どうです?」


沈七が首を傾げる。


その瞬間。


いつもの沈七に戻った。


「久しぶりに着たので、変な感じです。」


似ている。


あまりにも。


かつての師尊に。


もちろん顔は違う。


だが。


立ち姿。


衣の選び方。


纏う空気。


どこか懐かしい。


「裴兄?」


「……その衣はどこで手に入れた。」


「秘庫です。」


「秘庫?」


「前に探索した時、置いてありました。」


「勝手に持ち帰ったのか。」


「誰も使ってなかったので。」


悪びれる様子がない。


やはり沈七だった。


裴玄夜は小さくため息を吐いた。


「似合っている。」


「本当ですか?」


「……ああ。」


とても嬉しそうに笑う。


師尊ならこんな風に笑わないはずだ。


やはり、師尊ではない。


そう思った。





~~~~~~~





祭りの町は賑やかだった。


灯籠が並び。


屋台から香ばしい匂いが漂う。


沈七は目を輝かせた。


「あれは、焼鳥! 焼餅! 糖葫芦!」


駆け出そうとする沈七の襟首を捕まえる。


頼むから、師尊に似た姿で、子供みたいにはしゃぐな。


「なにするんですか?離してください!」


じたばた暴れる沈七。


着替えさせない方が良かったかもしれない。


初めは。


あの美しい人はだれ?


まさか、最近神医と呼ばれているあの方?


という目で見ていた、周囲の人たち。


それが、いつの間にか、やっぱり崑崙閣の沈七だ。


今日も変わらず元気だな。


という目に変わっている。




「あら、沈七と裴さん。」


角を曲がった所にある宿場の女将が話し掛けてきた。


「今日は、ずいぶん綺麗な格好ね。裴さんは、今日も沈七のお世話大変ね。」


「な、女将さん!世話をしてるのは、むしろ私です!

裴兄は、私がいないと、ご飯も食べませんし、何処にでも着いてくるんです。」


「沈七お前!俺の事をそんな風に思ってたんだな!」


「あらやだ、おほほほ。沈七、この前の塗り薬凄く効いたわ。ありがとう。二人仲良くね。」


ほほほ、と笑いながら女将は去っていった。




「・・・よく考えたら、裴兄より私の方がずっと年上だと思います。なんだか、理不尽です。」


「そうなのか?俺は年下だと思っていたが。まぁ、そう怒らずに、さっき言っていた食い物。全部奢ってやるから。」


「!!本当ですか?二言はなしですよ!」


早く早くと引っ張る沈七に苦笑する。


彼といる時だけは、昔の自分に戻ったみたいだ。







~~~~~~





ある程度見回って、お腹もいっぱいになった頃、

休憩がてら、二人で川辺に座った。



隣に座る、沈七は、


商人の張項葉がくれた白酒を飲んでいる。


「沈七、ここに来る前は何をしていたんだ?」


ごくごく。


「ぷはっ。ずっと料理人をしてました。」


「何処で?」


沈七は、何処か遠くを見る目をした。



「ずっと、遠い場所です。」




「医術や、薬草の知識はどこで身につけた。」


「師匠に教えてもらいました。」


「師匠は、どんな人だった?」


「優しい人でした。一見冷たい人なんですが、自分を犠牲にして、苦しんでいる人を助けていました。私は、あの人の様になりたかった。」


師尊に似ている。


「どんな、見た目の人だったんだ。」


「見た目ですか?白い長い髪をしていました。

ちょうど今の私の様に、半分結っていましたね。(600歳は越えてたからな。白髪のおじいちゃんだったんだよな~)」


なるほど。


そういう事か。


沈七は師尊の弟子だったのかもしれない。


「その人は、今どうしているんだ?」


「多分亡くなりました。昇仙できるような人でしたが、そうしませんでした。短い期間で私に全て教え、旅に出ました。あの頃の私は、とても荒れていたので、私を弟子にし、教えるのは、とても大変だったと思います。」


「そうか。」


思えば、師尊が他に弟子を取っていたとしても、不思議ではない。


そういう事か。


師尊と同じ香を使っているのも、何処となく師尊と似ているのも。


兄弟子だとしたら、説明できる。


ごくごく。ごくごく。


「ひっく」


「その人の名前は?」


「し、しりましぇん。」


ちらっと、沈七を見る。


とろんとした目。


こいつ、完全に酔ってやがる。



「裴兄~~~。ししょうは、最後まで名前教えてくれなかったんですよ。あり得ないでしょ。ひどいですよね~~~」


「お前、白酒を一瓶全部飲んだな?」


「おいしかった。ひっく。」


あきれた。

普通、俺にも分けるだろ。


・・・いや、そうじゃない。

思考が、沈七に似てきている。


「そろそろ、教主様の舞いの時間ですよ~

。裴兄。早くいきましょ。」


ぐいぐい、衣を引っ張られる。


沈七は、師尊ではない。


しかし、同じ師に教えを受けている。


「はははは。」


良かったような、残念なような。


「?」


子供の様に見上げてくる沈七が、昔飼っていた、猫の様に見えた。

年上だとしても、そうは見えない。


思わず、その頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。


「な、なにするんです!」


「いや、すまない。ほら、早く行くぞ。舞い見るんだろ。」



~~~~~~~~





祭りの喧騒が静まり始める。


人々が広場へ集まっていく。


魔人祭最後の神楽。


教主による奉納の舞。


ふと、横を見る。


隣にいたはずの裴玄夜が消えていた


「あれ?」


沈七は周囲を見回す。

いない。


「どこ行ったんだろう。」


首を傾げながらも。


人の流れに押されるように広場へ向かった。




ドンッ、ドンッ


太鼓の音と共に、教主裴玄夜の舞いがはじまる。 


顔には、鬼面を付けているので、表情は分からない。


ドンッ、ドンッ



舞は続いていた。


静かに。


力強く。


そして美しく。


沈七は瞬きも忘れて見つめていた。


鬼面の向こうにいる男を。


昔。


まだ幼かった頃。


何でも真っ直ぐだった少年。


傷だらけになっても食らいついてきた。


頑固で。


生意気で。


その面影はどこにもない。


あるのは。


月影教を率いる教主の姿だけ。


沈七は拳を握った。


裴玄夜は、薬仙の弟子から、魔教主になるまで、どのような人生を送ったのだろうか。


傷つく事も多かったはずだ。


「頑張ったんだな」




舞が終わる。


最後の一歩。


最後の礼。


広場が静まり返る。舞が終わる。


そして。


大歓声。


「教主様!」


「教主様!」


「月影教万歳!」


人々の声が響く。


だが。


鬼面の男は何も言わない。


静かに去っていく。


沈七はその背中を見送った。




・・・酒に酔ったせいだろうか。


妙に、干渉的になってしまう。


薬仙時代は、酒に酔うことはなかった。


万毒不侵の身体だったから。


柳寒舟は、そうではないようだ。



~~~~~~





見物人が、散り散りになり、店が閉店しても、裴兄は見つからなかった。


仕方なく、一人で帰る。


すっかり、酔いも覚めてしまった。


部屋に戻り、寝台に横になると、気持ちが沈む。


こんなのは、私らしくない。


私は、2度の生を生きた。


3度目は前を向いて歩く。


そうでないといけない。


「ふぅ。」


・・・こんな時は、薬草やスパイスの整理をすると、スッキリするんだよな。


棚の中の薬草、薬剤、スパイスを全て出した。


一つづつ確認する。 


これは、長命草。 


唐辛子。


白茸。


あれ?


「なんだこれ?」


見たことがない、黄色い根の植物。

高麗人参とは違うけど、似てる。

よく見ると、根の皺の部分が人の顔に見える・・・・


日本のファンタジー作品で見たマンドラゴラぽい?


「うーん。」


気になる。


凄く気になる。


くんくん、匂いは甘い。


毒臭はしない。


霊力反応も穏やかだ。


たぶん大丈夫だろう。


「あむっ。」






一刻後


全然、大丈夫ではなかった。


「うぉぉ。お腹が痛い。」


脂汗が、頬を伝う。


「痛い。死ぬ。」


私は、とんでもない痛みに襲われていた。

机に置いた、マンドラゴラ擬きの顔が、ニヤリと笑っている様に見える。


「もう、二度と食べない」


すぅっと薄れる意識の中、私はそう誓った。












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