第十話 短い再開
魔天閣最奥。
羅城の間。
巨大な陣で埋め尽くされた部屋の中央。
そこには、一人の仙人が眠っていた。
白銀の長い髪。
十三年の時を経ても変わらぬ美しい顔。
まるで、ただ眠っているだけのようだった。
裴玄夜はその傍らに跪く。
手には、一粒の丹薬。
漆黒の中に銀色の紋様が浮かぶ異様な丹だ。
「師尊。」
静かな声。
「今回こそ成功させてみせます。」
その瞳には狂気にも似た執念が宿っていた。
「実は、師尊の秘庫で受命幽凛花を見つけたんです。」
ふっと笑う。
昔なら怒られただろう。
勝手に秘庫を漁るな、と。
「帰魂丹を作りました。死者を黄泉返らせる伝説の丹薬です。」
裴玄夜は丹薬を仙人の口へ運んだ。
ゆっくりと飲み込ませる。
「今度こそ。」
震える声。
「今度こそ帰ってきてください。」
十三年。
長すぎる時間だった。
眠れぬ夜。
繰り返した失敗。
砕けた希望。
それでも諦められなかった。
諦めることだけは出来なかった。
裴玄夜は静かに短刀を抜く。
迷いなく手首を切り裂いた。
鮮血が床へ落ちる。
ぽたり。
ぽたり。
血は陣の紋様を伝い、無数の線を紅く染めていく。
瞬間。
轟音と共に陣が輝いた。
紅い光が部屋を満たす。
空間が震える。
まるで世界そのものが悲鳴を上げているようだった。
時空生死門。
裴家の母方の一族にのみ伝わる禁断の秘術。
あらゆる時空を繋ぐ門。
神界も。
魔界も。
黄泉も。
生者の世界も。
全てを繋ぐことが出来る。
その代わり。
術者から全てを奪う。
霊力。
精神力。
生命力。
何もかもを。
裴玄夜の顔から血の気が失われていく。
視界が揺れる。
膝が震える。
だが術は止めない。
止められない。
目の前には師尊がいる。
十三年間。
会いたくて仕方がなかった人。
「師尊・・・。」
掠れた声が漏れる。
光はさらに強くなる。
やがて。
空間が裂けた。
黒い亀裂。
その向こうには無数の光が浮かんでいる。
過去。
未来。
異界。
黄泉。
神界。
数え切れない世界。
数え切れない魂。
その中から。
ただ一人。
師尊だけを探す。
「帰ってきてください。」
声が震える。
「私はまだ。」
「何一つ返せていない。」
光が爆発した。
轟音。
暴風。
部屋中の灯火が吹き飛ぶ。
成功かと思ったその時、
急激に陣が光を失っていく。
空間にあいた裂け目が少しずつ閉じる。
「そんな・・・だめだ!」
やがて、何事も無かったような静寂がおとずれた。
また、失敗。
何度目だ。
何度、希望を抱いて。
何度、砕かれた。
「師尊……」
裴玄夜の指が、床を掻いた。
「もう一度だけでいい」
「お願いです」
「戻ってきてください」
その声は、誰にも届かない。
「うわああああああっ」
羅城の間に、獣のような慟哭が響いた。
~~~~~~~~
お腹が痛い。
苦しい。
暗い。
うううう。
そっと、目を開ける。
よく見えない。
身体も動かない。
なんだこれ、麻痺の症状がでたのか?
変な物食べるのやめようかな。
お、だんだん見えてきた。
ゆっくりと瞳を動かす。
荘厳な天井。
荒れ果てた室内。部屋の中で暴風がふいたみたいだ。
傍らで、跪く黒衣の男。
誰だ?
ここはどこだ?
「ゔわぁぁぁ。」
泣きながら、叫んでる?!
なにが、なんだか、全くわからん。
「あ、あのぉ」
ピタッ
泣いていた男が、ピタリと止まった。
静寂。
「・・・・」
突然、ガバッと音がするほどの勢いで顔を上げた。
「うわっ。」
びっくりした。
男の顔を見る。
んんっ、もしかしてこの切れ長の生意気そうな目。
なんか、今は涙でぐしゃぐしゃだけど。
我が弟子、裴玄夜?
よく見る。やっぱりそうだ、大人になってるけど。
「玄夜?」
「!!!!」
「なんで、そんなに泣いている?」
腕を持ち上げようとするが、動かない。
うぬぬぬ。
少し動いた。
ゆっくりと、指を裴玄夜の目元にもっていく。
なんで、この子泣いてるんだ?
「お腹が、空いたのかい?それとも、また誰かに苛められた?」
そっと、彼の涙を拭う。
「おまえを苛める奴は、師が怒ってやろう。」
だばぁっ、とまた涙が滝のように出てきた。
はぁ?
止まらないぞ。
「し、師尊。本当に、師尊なのですか?」
「そうだが。どうしたというのだ?」
なんとか、身体をおこし裴玄夜を抱き締める。
「はは、お前、すっかり大人になったのに、昔より泣き虫になったんだなぁ。」
「しそん、しそん、しそん。」
衣が、鼻水と涙でびちゃびちゃなんだけど。
それにしても、なんだこのヒラヒラの衣。
まるで、薬仙時代に着ていたもののようだ。
私は、もっと実用的な物を着ていたはず。
手を見る。
見覚えのある、ほっそりとした手。
今はない、手の甲にある火傷の跡。
「あれ、これ、昔の私?」
「な、何を言ってるのですか?」
玄夜に構わず、身体を確かめる。
ほっそりとした腰。
長く細い手足。
そして、銀糸の髪。
これ、薬仙時代の身体だ。
「なんで、元の身体に戻ったんだ?」
「師尊。どうしたのですか?身体に不都合がありましたか?」
「いや、特に大丈夫だが。」
クラッ。
「・・・・・っ。」
「だ、大丈夫ですか?早く、医師に見せないと。」
慌てている裴玄夜に、待てと手を差し出す。
ぐいっと、内側が引っ張られる感覚。
これ、柳寒舟の身体に戻りそうだぞ。
薬仙としてな勘がいっている。
この身体には、長く留まれない。
「玄夜」
声が掠れた。
「私は、近くにいる」
裴玄夜の目が見開かれる。
「だから、しっかり生きろ」
「師尊、待ってください」
「大の大人が、泣くでないぞ」
そう言って笑おうとした。
けれど、うまく笑えたかは分からない。
力が抜けていく。
視界が白く霞む。
裴玄夜の叫ぶ声が、遠くなっていった。
~~~~~~
玄夜視点
失敗だ。
今回もまた失敗してしまった。
何度も、何度も、いつ叶うのだろうか。
諦められない。
けど、心が限界だ。
いっそう、私も師尊の元に・・・
「あ、あのぅ・・・」
「!?」
まさか!
急いで顔を上げる。
何度呼び掛けても、聞くことの出来なかった師尊の声。
「玄夜?」
「なんで、そんなに泣いている?」
成功してたのか。
「お腹が、空いたのかい?それとも、また誰かに苛められた?」
そっと、涙を拭ってくれる師尊。
その僅かな温もりに、震える。
涙が次から次に溢れだす。
「し、師尊。本当に、師尊なのですか?」
「そうだが。どうしたというのだ?」
あまりにも、普通に答えるから、13年前のただの弟子であった時の続きのようだ。
暖かい身体にぎゅっと抱き締められる。
肩にさらりと銀糸の髪が流れた。
静謐な師尊の香りがする。
「はは、お前、すっかり大人になったのに、昔より泣き虫になったんだなぁ。」
「しそん、しそん、しそん。」
ああ、戻って来て下さった。
やっと、やっとだ。
「あれ、これ、昔の私?」
師尊の衣が、涙ですっかり湿った頃、
ふと師尊は呟いた。
「な、何を言ってるのですか?」
ご自分の身体を隅々まで見回している。
「なんで、元の身体に戻ったんだ?」
「師尊。どうしたのですか?身体に不都合がありましたか?」
「いや、特に大丈夫だが。」
言ったとたんに、師尊はフラついた。
「・・・・・っ。」
どうしたんだ?
「だ、大丈夫ですか?早く、医師に見せないと。」
「玄夜。私は、近くにいる。だから、しっかり生きろ」
なぜ、急に別れみたいな言葉を・・・
「師尊、待ってください」
まさか、そんな。
「大の大人が、泣くでないぞ」
こてっと、力を失った師尊の身体が、凭れ掛かってくる。
再び熱を失っていく身体。
深い、深い絶望。
師尊を見る。
目を閉じている。
先ほどまで感じていた温もりが、急速に失われていく。
呼び掛けても返事はない。
まただ。
また、届かなかった。
プツン
何かが、切れる音がする。
「そうだ、もう一度やればいい。最初から儀式をやれば。師尊は、近くにいるはずだから。」
フラフラ立ち上がると、師尊を陣の中心に寝かせる。
「ふふふふ。あははは。」
再び陣に血を注ぐ。
ゴボッ
胸から沸き上がった血が口から吹き出す。
視界が赤くそまる。
限界だった。
でも、それがなんだ。
限界など、越えてやる。
たとえ、この命を失っても。
~~~~~~~
ぐうっ。
ぐうううっ。
うるさい、何の音だ。
ぐおおお。
「・・・・」
目を開けた。
いつもの部屋。
薬草の匂い。
そして、腹の奥から響く地鳴りのような音。
この音は。
私の腹の虫だ。
沈七はしばらく天井を見つめた。
そして、ゆっくり息を吐く。
どうやら完全回復したらしい。
勝った。
あの、人面人参に勝った。
机の上に置きっぱなしの奴も、心なしか悔しそうな顔をしている。
それにしても、
「なんだか、変な夢を見たな。」
裴玄夜が泣いていた。
すっかり大人になった姿で。
「どうして、あんなに泣いていたのかな?」
私が、薬仙が死んでから何十年もたつ。
普通であれば、とっくに立ち直っているはずだ。
「気になるけど」
トントン
「沈七。どうしたんだ、何時もならもう仕込みをしている時間だぞ。」
楊店主。
何時までも、夢の事を考えていても仕方ないか。
今日も、頑張って働くぞと、気合いをいれる。
ぐううう。
・・・・その前に、朝ごはん食べよ




