第八話 お医者さんでは、ありません。
数週間後、医館〈雲角〉は、賑わいを見せていた。
夜陵城では、既にその名が知れてわたっている。
神医・雲角仁
どんな病も治す名医。
診察料は安く、薬もよく効く。
町の人々は口々に褒め称えた
「最近は医館〈雲角〉ばかりですね。」
崑崙閣の厨房で野菜を刻みながら、沈七はぼやいた。
「まあ、病人が減るなら良い事だろう。」
店主の楊は、沈七に言った。
「まぁ、そうなんですけど。」
病人が減るのは良い事だ。
良い事なのだが。
「なんか引っかかるんですよね。」
包丁を動かしながら呟く。
あの日。
少女を診察した雲角仁を見た時から。
ずっと違和感が残っていた。
単に、私より腕がいいのかもしれない。
しかし、霊虫を脈診だけで言い当てられるだろうか。
「妙なんですよね。」
まぁ、考えすぎか。
私はもう、薬仙ではない。
薬仙に戻る気もない。
ただの料理人。
かき混ぜていた鍋から、一匙すくい味見する。
「お、完璧だ。少し混ぜた薬草が効いてる。」
今日出す煮込み料理。
お客様の反応が楽しみだ。
~~~~~
それから暫くたった。
相変わらず、雲角は賑わっている。
むしろ、以前より混み合っているかもしれない。
「なんだか、最近疲れがとれない」
「頭が痛い」
「お腹の調子が悪い」
そんな、話を町中で聞くようになった。
些細な不調。
季節の変わり目だと、みんな差ほど気にしていない。
それに、雲角の薬、龍活新丹を飲めば、
たちどころに良くなる。
~~~~~~
ある日の昼下がり、事件は起きた。
試作品を作ったり、仕込みをしたりしていると、外が騒がしい。
雲角で、何かあったようだ。
「雲角仁でてこい!」
「言われた通り、息子に薬を飲ませた。そしたら、急に意識を失った!神医なんて、大嘘だ!」
一人の恰幅のいい男が、数人の用心棒に止められている。
あれは、商人の張頂葉。
よく沈七の料理を、褒めてくれる常連だ。
「私の息子が、死んでしまう。お願いだ、助けてくれ!」
沈七は、静かに包丁を置いた。
~~~~~~
「やれやれ。困った客がやってきた。私の薬で治らないのであれば、それは天命だろ。」
「雲角仁様、張頂葉が、何時までも暴れていて、てがつけられません。このままでは、店の評判にも影響します。」
「仕方ない。わしが相手をしよう。」
何時まで経っても出てこない、雲角仁に痺れを切らせたときだった。
「張項葉と言ったか。私の薬に文句を言っているようだが。もう一度、息子を診てやろう。ここに、連れてきて寝かせるのだ。」
「雲角仁。息子を死なせたらただじゃおかない。」
「何を大袈裟に。早く連れてきなさい。」
近くに停まらせた馬車から、息子を連れてきた
張項葉は、そっと診察台に寝かせる。
それを見た雲角の顔色が変わる。
この子は確か軽い発熱だったはずだ。それなのに、なぜこんな状態になっている?
この土気色の顔。
紫の舌。
目は充血して、瞳孔は開いている。
辛うじてある呼吸は、喘鳴音が聞こえ苦しそうだ。
「な、なぜこんなことに。と、とにかく安寧草と、長葉草を煎じて、」
『それでは治らない。』
凛とした声が響いた。
集まった人垣の後ろ、崑崙閣の料理人が立っていた。
その、雰囲気に人々が道をあける。
「お、お前は、そこの食堂の厨師ではないか。お前に、何がわかる。」
「そこを、どけ。」
「な、私を誰だと思って。神医雲角仁だぞ。」
「どけ。」
「沈七は、目にも止まらぬ速さで、雲角仁に点穴を施し動きを封じた。
「ぐぬうっ」
少年を診察する。
一刻を争う状態だ。
「この子が、服用した薬は?」
「こ、こちらです。」
張項葉が、薬をさしだす。
少し匂いを嗅いで、一口なめる。
「・・・・この子が、服用したのは、禁忌配合で作られた薬だ。白蓮華と黒睡蓮を混ぜると、薬効を一時的に強める事ができる。だが、中毒性があり身体を蝕む。そのうち、この薬なしでは、動けなくなる。」
「この禁薬を配合したのは、誰だ?」
「雲角仁です。」
「やはりそうか。」
ぎろりと、未だ動けず這いつくばっている雲角仁を睨む。
沈七は、乾坤袋を取り出し、大量の薬草を机に出した。
部屋中が息を飲んだ。
千年霊芝。
白玉参。
月華露。
星霊芝。
普通の修士なら一生手に入らない宝。
「水と火、薬を煎じる道具を今すぐもってこい。」
もう、誰も逆らえない。
用意された、道具を使って
あっという間に、薬を煎じていく。
その順番、その手際。
まさに、神業。
並大抵の薬師ではない。
最早誰も声を出すものはいない。
「できた。」
沈清月は、少年に薬湯を飲ませる。
嚥下する喉元。
少年の指がピクリと動いた。
「ん、父さん。」
「ああ、息子よ」
商人は、泣きながら、息子を抱き締めた。
「安心するのは、まだ早い。この子は、幼いため薬の副作用が強く出た。私は、ここで処方された他の薬も疑っている。誰か、雲角で処方された薬を持っているものは?」
子を抱いた母親が歩み出る。
「先日頭痛で、処方されました。これです。」
薬を受け取り、母親にたづねた。
「飲んだか」
「はい。二回ほど服用しました。」
薬の包みをあけ、中を確認する。
間違いない。
「やはり、他の薬にも禁薬がまざっている。私が、解毒薬を処方しよう。」
~~~~~
その日から。
崑崙閣は薬房になった。
鍋が並ぶ。
薬草が積まれる。
昼も夜も火が消えない。
沈七はひたすら薬を作った。
一人一人丁寧に、診察し、多くを救うために、
昼夜を問わず働いた。
気付けば七日。
ほとんど眠っていなかった。
最後の患者に薬を渡した時。
誰かが言った。
「神医様。」
また、誰かが言った。
「神医様。」
人々が、次ぎ次ぎに頭を下げる。
沈清月は、困ったように言った。
「やめてください。」
「私は神医じゃありません。」
沈七は空を見上げた。
遠い昔を思い出す。
救えた命。
救えなかった命。
多くを殺した。
全部忘れた事はない。
だから。
「薬は人を救います。」
静かな声だった。
「でも薬は毒にもなる。」
「私は医師じゃありません。」
少しだけ笑う。
助けられた命ばかりではない。
私の手で終わらせた命もある。
「むしろ死神ですよ。」
誰も言葉を返せなかった。
神妙な雰囲気の中。
突然。
『ぐぉぉぉぉ。』
大きな音が響いた。
全員が固まる。
なんだ、何の音だと、ざわめく人々。
「・・・・」
恥ずかしい。
あまりの、恥ずかしさに急に目眩がしてきた。
ふらっ。
ばたっ。
沈七はそのまま倒れた。
「沈七!」
何処からか現れた、裴兄に抱き起こされる。
~~~~~
「大丈夫か?!」
沈七がそろそろと伸ばした手を、そっと握る。
死にそうな顔色。
弱々しい姿。
失いたくないと思った。
「死なないでくれ。」
ぐおぉぉぉぉぉ
まただ。
さっきも聞こえた、この咆哮はなんだ?
出所を探すと、なにやら沈七の腹あたりから聞こえるような・・・・・
ぐぉぉぉぉぉ
「まさか、お前の腹か?」
「恥ずかしいです。」
「獣の声かと思った」
「おなか、すきました。」
「・・・・」
大切に抱えていた身体をぺいっと、放り投げる。
「うわっ、何するんです?」
「皆気付いてないが、俺は気付いてる。
お前少なくても、化境の境地には達してるだろう。辟穀は?」
「・・・しました。」
「食べなくても死なない。」
「でも、お腹すきました。くらくらします。」
ふらふら、こてっ。
「焼餅が、食べたい。」
はぁ。
転げた沈七をみる。
寝てる。疲れたんだろう。
「店主。こいつの部屋は二階か?」
「そ、そうです。」
よいしょと、沈七を持ち上げる。
意外と軽い。
そのまま、階段を登り、沈七の部屋に入る。
思ったより、殺風景な部屋だ。
彼の部屋は、雑然としてる気がしていた。
そっと、沈七を寝台に下ろしたとき、
ふわっと、香が香る。
師尊が愛用していた香に似ている。
薬草と香の薫りがまじり、懐かしい匂いがする。
今まで、料理の香りで気付かなかった。
師尊の香は、師尊しか配合をしらないはず。
なぜ、沈七から同じ香りがするのか。
涎をたらし、腹を出して寝ている男を見る。
師尊のはずがない。
「焼餅・・・・」
寝言か?
見た目も、性格も別人。
師尊は、こんなに食い意地が張っていなかった。
また起きたら、腹が減ったと騒ぐのだろう。
焼餅を、買いに行こう。
~~~~~
????視点
『それでは治らない』
凛とした声。
配合、手際。
そっくりだと思った。
いつもの沈七ではない。
まるで、別人。
この間も感じた。
沈七はたまに別人のようになる。
そんなとき、どうしてか師尊を思い出す。
似ている。
あまりに似ている。
患者の為なら、自分を顧みない所も。
寝食を忘れる所も。
それに、最後のあの言葉。
「薬は人を救います。」
「でも薬は毒にもなる。」
昔、師尊も全く同じことを言っていた。
その夜、誰も入ることのできない魔天閣の奥く。
羅城の間。
黒衣の男が、眠るように横たわる白銀の仙人の横に跪く。
「師尊。貴方に言ったら怒るかも知れませんが、貴方にどこか似ている男を見つけました。食いしん坊で、いつも腹を空かせています。ああ、そこは、師尊に似ていませんね。
師尊が、目を覚ましたら紹介します。」
きっと、二人は話が合うはずだから。
答えなど、帰ってくるはずがないと分かっているのに、期待してしまう。
何年も続けてきた習慣だ。
そっと、手を握り霊力を送り込む。
師尊がいつ帰ってきてもいいように、陣法と霊力によって、生前の姿を完璧に保っている。
「今回は、特別な霊薬を用意しました。
今度こそ、時空生死門を完璧に開いてみせます。」
だから、あと少しだけ待っていてください。
暫く後、執務室にて報告を受けた。
「君上。沈七について、調べ終わりました。」
「内容は?」
「過去の経歴は、一切不明です。突然、夜陵城に現れました。いくら調べても、痕跡すらありません。間者であれば、調べられた時のため、偽装の経歴を用意しておくのが普通です。」
「そうか。」
「君上。沈七は怪しすぎます。接触しすきではありませんか?」
「沈七の件に、口を出すな」
「・・・ですが君上。」
「二度言わせるな。さがれ。」
沈七。
あの、男の事がどうも気になる。
祭事まで、あと僅か。
その前に、奴の正体が解ればいいのだが。
薬の名前とかは、全てなんとなくで、付けました。
薬仙としての、姿を見せる回ですが、
カッコよく書けてるといいです。
自分では、どうなのか、よく分からなくなってます。




