第七話 お医者さんですか?
ふぅ。
疲れた。
今日も1日料理を作り続けた。
楽しいけど、疲れた。
部屋に戻って、鏡の前に座る。
特殊な薬で、人皮面具を剥がす。
1日に、一度は張り直さないと、僅かながら違和感がでる。
剥がしたあとに現れたのは、柳寒舟の顔。
薄い灰色の瞳は、何時も笑ったように細目られている。
顔の造形としては、かなり美形の部類。
でも、何を考えているのか分からない胡散臭さがある。
表情筋が、固まったように動かない。
彼が子供の頃は、もっと表情が豊かで、感情を隠すという事はなかった。
どちらかというと、はっきりとした裏表の少ない、性格だったと記憶している。
私はなぜ彼の身体に憑依したのか。
考えても分からない。
本当であれば、もう二度とこの血なまぐさい世界に戻ってきたくなかった。
私は、目を背けている。
自分でも分かっている。
薬仙が死んで、13年。
長い月日が経っていた。
私が、日本で過ごしたのは、35年。
すでに、薬仙であった過去が夢のようだった。
なぜ、戻ってきたのか。
分からない。
分からなすぎて、腹が減った。
もう寝よう。
~~~~~~
翌朝。
再び、人皮面具をつける。
髪を一つ結びの三つ編みにし、後ろにはじく。
お気に入りの香を付け一息。
半刻ほどしたら、一階に下りて、今日の仕事がはじまる。
毎日忙しい。
幸せなことだ。
お昼時、今日も裴兄がやってきた。
この人、忙しいといいながら、毎日来るし、町の外に出ようとすると、何処からともなくやってきて、邪魔をする。
働いているようには、見えない。
「こんにちは。今日も何時ものですか?」
「ああ、頼む。」
「そうだ、今日から氷菓子を出すことにしたんです。上にかける蜜も、手作りですよ。」
「氷菓子。氷は、高いだろ?」
「私の氷功でつくりました。」
「・・・・そうか」
~~~~~~
ようやく、お昼時の賑わいが落ち着いた。
「沈七。昼休憩、先にとってくれ。」
「わかりました。」
賄いの光七鳥の揚げ鳥と饅頭。
座れる席を探す。
あれ、裴兄まだいたんだ。
暇な人だ。
「裴兄、隣いいですか?」
「かまわない。」
さっと、席に座る。
揚げ鳥を手にもち、大きな口を開けた時だった。
「神医様は、いらっしゃいますか!この子を助けて下さい!」
幼い少女を抱いた女性が駆け込んできた。
見たところ4歳くらいだろうか。
ぐったりとして、意識がない。
顔も赤く熱があるようだ。
「こちらに、神医。雲角仁様が、いらっしゃると聞きました。お願いです。娘を助けて下さい。」
雲角仁。
聞いた事がない名前。
私が、いない間に、新しく現れた者だろうか。
店の一番奥。
食事をしていた老人が立ち上がる。
「私が、雲角仁だ。娘をこちらに。診察してみよう。」
老医師は、娘の脈をとると、すぐに言った。
「これは、霊虫だ。すぐに、虫下しを飲ませよう。」
「娘は、治るのですか?」
「私が、持っている霊薬を飲ませれば治る。」
老医師は、懐から薬瓶を取り出すと、少女に一口のませた。
「げほ、げぼ。ごぼっ」
少女が、吐き出した真っ黒な液体の中に、白い虫が数匹蠢いている。
「本当に、虫がでた!霊虫は、見抜くのが難しい。気付かなければ、この娘は死んでいたぞ。まさしく神医だ。」
客の男が叫ぶと、周りの者たちも、
神医だ、神医だと騒ぎだした。
~~~~~~
「へぇ、大したものだな。」
吐き出された虫を見て、裴玄夜は感心した。
少なくとも、周囲の者たちが騒ぐのも無理はない。
ふと、傍らの沈七をみる。
「裴兄。本当に、そう思いますか?」
いつもは、穏やかで優しい男の
厳しい表情に、目を見張る。
「霊虫の診断には、必ず火を使います。霊虫の弱点は火。火を軽く患者の皮膚にかざす。すると、霊虫は、逃げ出そうと患者の目に移動する。その時に、患者の瞼の下を捲ると、皮膚の下で蠢く霊虫がみられるんです。」
「よく、知っているな。」
「あの、老医師は火も使わず、瞼も見ませんでした。なぜ、霊虫とわかったんでしょうか。」
暫く「う~ん」と悩んでいたが、「考えすぎか」
と呟き、手元の揚げ鳥にかぶりつく。
「冷めました・・・熱々だったのに。」
少し残念そうに、ハムハムと揚げ鳥を食べている。
すっかり、元の沈七に戻った。
この男本当に何者だ?
先程の鋭い雰囲気。
まるで、別人のようだ。
これほど目立つ人物が、間者であるとは、思えなかったが・・・
~~~~~
1週間後。
崑崙閣の向かい。
空き店舗だった所に、医館〈雲角〉が開店した。




