第67話 新な事件の始まり
夜半。
男は、報告を聞きギリッと奥歯を噛み締めた。
「そうか、わかった。」
落ち着いた声音。
いつも通りの、穏やかな雰囲気。
目だけが、笑っていなかった。
やがて、部屋に一人になると、香を焚いた。
蓮の花のような香りが広がる。
柔らかに立ち上る煙を見ながら、呟いた。
「また、柳寒舟か………」
こめかみ浮かぶ青筋。
怒りに、身体が震える。
男は、机の湯飲みを掴み、勢いよく、冷えた茶を飲み干した。
湯飲みをゆっくり机に戻す。
顔を上げた男は、先ほどまでの怒りが嘘だったかのように、やわらかく微笑んだ。
朝、青蘭谷では、家族揃って食事をするのが日課だ。
しかし、今日は、寒舟と麗華の間に、気まずい雰囲気がただよっていた。
子供たちは、相変わらず元気だ。
一方、大人二人は、互いの距離を測りかねていた。
「れ、麗華殿。」
「あれ、父さん、母様の呼び方おかしいよ。」
長男の鋭い指摘。
寒舟は、思わず呻いた。
「ううっ、麗華。」
「何でしょう、寒舟様。」
なぜか、汗が止まらない。
「天望書院から、依頼が来た。この後、行こうと思う。」
麗華も、少しだけ緊張した様子で、答えた。
「…………分かりました。荷物を準備します。」
………新しい関係に慣れるのは、もう少し時間が掛かりそうだ。
一刻後
麗華の用意した、荷物を受け取った寒舟は、
馬車に乗り込んだ。
馬車は、ガタゴトと走り出す。
………馬車は休みなく道を進み、
数刻後。
日が傾き始めた頃、ようやく天望書院にたどり着いた。
書院に着くと、大公子の楚雲修が出迎えてくれた。
髪をしっかりと結い、広袖の上衣をきっちりと着こなしている。
挨拶もそこそこに、急いで患者の元に案内された。
書院の中は、どこか落ち着きがない。
いつもなら、聞こえるはずの読経も、講義の声もない。
弟子達は、慌ただしく廊下を行き交っている。
それほどの、重症ということか?
寒舟は、気を引き締めて後に続いた。




