第64話 慕容雪希
案内された部屋に入ると、門主である慕容雪希が漆塗りの机に座っていた。
四十代半ばくらいだろうか。
青い上衣に、白の中衣。
鍛え抜かれた、均整の取れた身体つきだ。
精悍な顔には、濃い疲労の色が浮かんでいる。
寒舟は、拱手をした。
「青蘭谷の門主、柳寒舟と申します。」
雪希も、立ち上がり拱手する。
「慕容雪希だ。挨拶が遅れ申し訳ない。」
椅子に座るように、促され寒舟は着席した。
従者の青年がお茶を淹れ、静かに退室する。
それを見届けてから、雪希は話し出した。
「四季の病が、改善したと聞きました。寒舟先生、心からお礼いたします。ありがとうございました。」
深々と、頭を下げる雪希に、寒舟は驚いた。
「薬師として、当然の事をしたまでです。」
「しかし、今まで原因がわからなかった病を治すとは、流石薬仙と呼ばれるお方。」
「四季様ご自身の協力が、あってこそです。」
「だとしても、このご恩は忘れません。」
「………門主様、話しておくべき事があります。」
「なんでしょうか。」
寒舟は、真面目な顔をして言った。
「四季様は、哭面蟲に寄生されていました。本来は、人に寄生する虫ではありません。人為的なものを感じます。」
「四季が、狙われたという事ですか?もしかして、長男の秋生も……」
「必ずしも、そうとは言い切れません。しかし、何かが、おかしい。私は、そう感じています。」
雪希の顔が曇る。
疲労の浮かぶ顔が、今にも泣き出しそうに歪む。
「長男が、行方不明になって、一週間。寝る間も惜しんで探していますが、見つかりません。
四季と同じ、夢遊病の症状がありました。
誰かに、連れ去られてしまったのでしょうか……」
「正確な事は、私も分かりません。しかし、少し前に、万象楼の怪僧に遭遇した事があります。残酷なやり方が、その時と似ています。もっとも、証拠はありません。」
「な、万象楼?!」
「………あくまで、私の主観です。確証も、根拠もありません。」
ズキッ
急に、腹の奥が疼いた。
「!?」
「寒舟先生、どうされましたか?」
「いえ、大丈夫です。」
寒舟は、腹を押さえた。
……もう、何ともない。
…………気のせい、だろうか?




