第62話 治療方針
ようやく、三人は屋敷に帰り着いた。
寒舟は、急いで火盆に火を入れ、部屋を暖める。
四季をベッドに横たえ、冷えた足を拭う。
お湯を持ってきた仁勇に礼を言うと、寒舟は布を浸した。
暖かい布で四季の足元を暖め、冷えた身体に布団を掛ける。
こんな状況でも、四季は寝息をたてている。
一度も目を覚ましていない。
眠る四季の傍らで、薬を調合する。
哭面蟲であれば、簡単に治療できる。
あの奇妙な顔色や、寒さを感じなくなる症状も、
哭面蟲の独特な症状だ。
……猿の症例を本で見た。
人間に感染した例を見るのは、初めてだが。
十中八九、間違いないだろう。
机に並べた薬草を迷いなく手に取る。
数種類の薬草を煮えたぎる油に入れて混ぜる。
不純物がすべてなくなるまで、よく濾せば、
香油が完成する。
作業をしているうちに、手元に朝日が差し込んだ。
いつのまにか、夜が明けたようだ。
「…………うっ」
小さな声が聞こえた。
振り返ると、四季が身動ぎしている。
近くに行き、様子を見る。
もぞもぞしている。
暫くすると、黒い瞳がゆっくりと開いた。
「………」
「四季様。おはようございます。大丈夫ですか?」
「…………あっ、寒舟様。」
腕を取って、脈を見る。
脈も問題なし、瞳孔も大丈夫。
顔色は、相変わらず奇妙だが、それ意外は昨日よりも元気そうだ。
「おはようございます。」
「………私は、ずっと寝ていたのですか?久しぶりに、ちゃんと眠りました。」
「四季様。色々、お話しする事があります。」
「何か、あったのですか?」
「……ありました。ですが、まずは朝食です。食事を取り、落ち着いたら治療いたします。」
四季は、目を見開いた。
「治療、できるのですか?いつも、私の夢遊病の症状を確認すると、多くの医者が匙を投げ、帰っていきました。」
「原因が分かりましたから。」
「!!!」
「ほら、仁勇様が、食事を持ってきたようですよ。…………くんくん、んっ…これは、豚饅に杏仁豆腐もついています。豪華です!」
寒舟が、四季をゆっくりと立たせ、机に座らせた所で、仁勇が入ってきた。
彼は、机に椀を並べながら言った。
「四季様。お待たせ致しました。………先生、よろしかったら、四季様と一緒に召し上がって下さい。」
「そんな、恐れ多いです。私は、後でいただきますから。」
「寒舟先生。私からも、お願いします。」
寒舟は、豪華に完成された食卓を見つめた。
ゴクッ
「………分かりました。」
しぶしぶといった雰囲気で、優雅に席に着く。
四季は、先ほど先生が言った豚饅と杏仁豆腐が、
机に並んでいるのを見て、小さく笑った。
上品に食べているのに、とても美味しそうだ。
武林盟の柳長老。
蛇のような狡猾な男。
毒の調合に長け、暗い印象があった。
…………しかし、今は何を考えているのか、はっきりわかる。
絶対、美味しいんだ。
ほら、また箸が伸びた。
四季様の肉饅を物欲しそうに見てる。
仁勇は、目の前の男を不思議な気持ちで見つめた。
噂の印象と全く違う。
昨日、青蘭谷に行ったとき、実はかなり緊張していた。
気難しく、一度気に障れば容赦がないと聞いていたから。
実際は、優しくて親身になってくれる先生だった。
「あ~美味しかった。おっと、失礼しました。」
お腹いっぱいになったのか、満足そうだ。
取り繕うように、居ずまいを正している。
四季も、つられていつもより沢山食べてしまった。
仁勇の入れたお茶を二人で飲んだ所で、寒舟は
コホンと咳払いをした。
「四季様。先程の治療ですが………」
「はい。」
「四季様は、寄生虫に侵されています。」
四季は、ゾッとして血の気が失せた。
「き、寄生虫?」
「はい。哭面蟲という虫で耳に寄生し脳に管を伸ばして、宿主を操ります。」
「脳に……その虫が、今私に?」
「はい。安心して下さい。取り除けますから。」
「………それなら、早く取って頂けませんか?聞いてしまったからには、耐えられません。」
四季は、怖くて身体が震えるのを感じた。
気持ち悪すぎる。
全身が、急に痒くなった気がする。
ざわざわする。
「わかりました。すぐに、治療を始めましょう。仁勇様。四季様を寝台に縛り付けて下さい。」
「なぜ、縛るのです?」
「哭面蟲が、暴れ出すと、本人の意思に関係なく暴れ出しますから。脳の制御が効かない身体は、本来の力以上の力が出ます。もう何人か、護衛を呼んだほうが良いでしょう。」
仁勇は、四季の手を取り立たせると、そっと寝台に身体を横たえさせた。
「じ、仁勇。」
「四季様。すみません。」
「あ、そうだ。四季様。脳から虫が離れる時に、激痛が走ります。一瞬ですが………頑張って耐えて下さい。」
「…………はい。」
四季の顔色は、更に蒼白になった。




