第52話 妻
精神の病の描写がありますが、既存のものではなく、物語オリジナルのものになります。
苦手な方は、ご注意下さい。
女性は、黒い薬の入った杯を持っている。
つかつかと、近づいてきて…
「お薬持ってきたわ。」
ずいっと、白い器を渡される。
僅かな時間しか会っていないが、もう分かる。
この女は気が強い。
「……………」
「ああ、またなのね。じゃあ、飲ませてあげる」
机に薬を置く。
白く細い手が、がにゅっと伸びてきた。
「!!」
がしっと、私の手を掴み、そのまま椅子に座らせる。
ギギ
自分も椅子を引き寄せ、目の前に腰を下ろした。
カチャ、白い蓮華を手にして………
「ほら、口を開けて」
私は、彼女と、黒い薬を見た。
薬からは、強い黒蓮華の香りがする。
恐らく、精神に作用する薬。
………昔培った技術がある。
霊力を使って、飲むふりをする。
胃には落とさないよう、留め置くのだ。
ただし、そうすると、一言くらいしか喋れない。
さらに、短時間で限界がくる。
……敵に怪しまれず毒を飲ませる技。
今、使うしかない。
私は、霊力を巡らせ、思いきって口を開けた。
わざと、目の視点をずらす。
周りの様子を見るに、反応が薄いのも寒舟の症状の一つだったようだ。
「はい、あ~ん」
白い蓮華を口に入れられる。
………にがっ
一口、二口と容赦なく飲まされる。
「今日は、大人しいわね。ほら、最後。」
ううっ
なんとか、飲み込むふりをする。
「よし、飲んだわね。」
がしっ。
頰を捕まれて、瞳を覗き込まれる。
「むぐっ」
何をするんだ!!
驚いて、睨みそうになった。
お、落ち着け。
虚空を見つめて、なんとか視線を合わせず耐える。
「……もう少しか。あと、半刻くらいかな。」
彼女は、よいしょと立ち上がり、
薬を片付けはじめた。
「それにしても、魔教に潜入すると聞いて驚いたわ。家にも、寄らずそのまま行くから、薬も持たないでいくし…………」
「……………」
すぐに、出ていくと思ったのに…
彼女は、器を重ね終わると、今度は置物の埃を払いはじめる。
「まだ、正気にならないか。ねぇ、本当に大丈夫なの?」
「また、暴れたりしないでね。薬の効き始めは、何時も暴れるんだから。早く、よくなるといいのに。」
……なるほど。
寒舟の様子を全部教えてくれる。
でも………早く出ていってくれないと、薬を吐き出せない。
身体が、僅かに震える。
もう、行ってくれよ。
「魔教は、怖いんでしよ。よく近づけたわよねぇ…」
早く。
このままでは、彼女の顔にぶちまけてしまう。
限界が近い。
「まだ、かしら。そろそろ効き始めるはず………」
マズイ…………
「奥様~!お客様がいらっしゃいました。」
「は~い。あら、忘れてたわ。じゃあ、正気になったら話しましょ。」
黄緑色の衣を翻し、扉に向かう。
よかった!!
パタンと扉が閉まった。
私は、急いでその辺にあった壺を抱える。
ガチャ
「ごめん!器忘れた!」
「…………」
壺を抱えたまま、再び出ていく彼女を見送る。
「…………」
勝てる気がしない。




