第50話 帰路
月明かりが、夜道を照らしていた。
先ほどまでの喧騒とは、うってかわり。
静寂が町を支配している。
本格的な、冬の到来を感じさせる、
冷たい風が吹き抜けた。
沈清月は、柳寒舟の姿で歩いている。
そっと、腹に手を充てた。
金蠱。
金丹を破壊する蠱。
命は助かるが、修為は失われる。
修士にとって、それは死よりも残酷だ。
…………薬仙であった、沈清月が作ったらしい。
つまり、私が作った。
……なぜ、私はそんなものを?
まったく、覚えがない。
私は、夕陽の体内にあった血蠱。
そして、今自分に巣くう金蠱。
二つの恐ろしい蠱を作った。
でも、作り方も解毒の方法も、分からない…
…私は、本当にそんな男だったのか?
月明かりだけを頼りに、ゆっくりゆっくり
歩いていく。
私は、柳寒舟の屋敷に向かわなくてはならない。
そこは、彼の妻子が待つ。
寒舟の帰る場所だ………
父になり。
青蘭谷の門主になった、寒舟は、どんな男だったのだろう。
私は、弟子であった時しか知らない。
周囲の対応を見ると、警戒され、顔色を伺われている。
一癖ある男であったのは、間違いない。
……人物像が掴めるまで、寡黙に対応した方がいいだろう。
喋るとより一層、粗が目立つ。
やがて、寒舟の家が見えてくる。
欅で作られ、朱色に塗られた洒落た門構え。
青蘭谷と青銀色に染められた文字が掘られている。
町の外れにあるが、なかなかの大きさの屋敷。
門番は、置いていないようだ。
うっすらと結界が張られている。
そっと、触れると拒まれる事なく、通れた。
敷地の中を見回す。
正殿の奥には弟子舎。
薬房の軒先には薬草が干されている
少し離れた所には演武場まで備えられている。
庭も丁寧に、掃除され、清潔で美しい。
…この様子だと、弟子も数十人はいるだろう。
私は、正殿の一角に、まだ明かりの灯っている部屋を見つけた。
………誰かいるのだろうか?
外廊下に面した、その部屋に向かって歩きだす。
少しの緊張をはらませながら、扉にそっと手をかけた。
春の風が髪をくすぐる。
それは、木蘭の香りがする、
暖かい日だった。
「今日から、よろしく頼む。唐麗華。」
黒く長い癖のある髪。
少しだけ翠の混じる黒い瞳。
美しい男。
でも、細めた目と薄い唇は、本心を隠している。
そんな印象を受けた。
私は、名門武家、唐家の次女。
最近、新しく出来た青蘭谷という家門に嫁ぐ事になった。
なぜ、歴史ある唐家の娘が、新しく小さい家門に嫁がなければならないのか。
最初から、不満を覚えていた。
いくら、盟主様のご紹介とはいえ、あまりにも家柄に差がある。
でも、初めて柳寒舟様をみた時、結婚してもいいかなと思った。
私は、顔の良い男が好きだから。
それから、暫くして、私は寒舟様と結婚した。
赤い衣を纏った寒舟様の凛々しさ、今でも思い出せる。
一年、二年と時を重ねる。
ある時、寒舟様はなんとも理解の難しい方だと分かった。
というのも、昔からの知り合いという町のごろつきと一緒に、安い薬を、高価な霊薬と偽って高く売っているという噂を耳にしたのだ。
最近は、薬仙と呼ばれるようになり、子供の父親でもあり、大きくなってきた青蘭谷の門主でもある。
なぜ、そんな事を今になって、わざわざするのか、私には訳が分からなかった。
寒舟様の事は、恋愛ではなかったが、家族として愛してた。
悪い方ではないのだ。
子供が熱を出した時、私の体調が悪い時は、
何も言わずに助けてくれた。
少し、失礼な言い方をする時があるけど、
内心は案じてくれているのが分かる。
そんな人だった。
なのになぜなんだろう?
その時は、気付かなかった。
寒舟様が、徐々に壊れ始めていた事に………
目を開ける。
蝋燭の光がゆらゆらゆれて、影を大きく写し出す。
胸騒ぎがする。
…夕方、盟館からの使者がやって、
寒舟様の帰還を知った。
数ヶ月ぶりに、彼に会う。
ここ最近は、正気の時もあれば、
何か妄想に取りつかれたように、怒りっぽく、残酷な時もあった。
魔教に向かう少し前、盟館にある薬房で
倒れていたと聞いている。
何事もないと、いいんだけど……




