第47話 報告
武林盟主、臨修言は昔と変わらず、
穏やかな微笑みを称えて、寒舟を迎えた。
薄い灰色の外衣に、白髪交じりの短い髪。
柔らかな瞳は海のように深い。
私は、盟主のすわる、紫檀の机まで足を進めた。
「寒舟。報告は、聞いている。だが、もう一度お前の口で話してくれ。」
盟主は、そっと立ち上がり、寒舟を来客用の長机に案内した。
白磁の茶器を手に取り、なれた様子で茶を淹れる。
長い指で、匙を持ち茶葉を茶壺に入れていく。
お湯を注ぐと、桂花茶の芳醇な香りがゆっくり広がっていく。
「寒舟。こちらに座るんだ。」
「分かりました。」
竹で編まれた椅子に腰掛ける。
正面から盟主を見る。
私が、死んでから十三年。
少し、白髪が増えただろうか。
目尻にある皺が、ふっと深くなる。
笑みを湛えた、優しい眼差しは、昔と何一つ変わらない。
「寒舟。腕をあげたようだな。魔頭の一人。
薬王閣主にまでなったと聞いたぞ。」
盟主は、茶を飲みながら言った。
「はい。運に恵まれました。」
そっと茶に口を着けた。
金木犀の香りが、鼻に抜ける。
リラックス効果のある桂花茶は、私の気持ちも
少し軽くしてくれたようだ。
「お前の師である、沈清月を装おって教主に近づいたと聞いている。」
「…途中までは、騙せていたのですが、力及ばず気付かれてしまいました。」
私は、玄夜を騙していたつもりなどない。
全て、本当の事を伝えた。
自分が間者だという事さえ、現実味がなく、
深く考えていなかった。
それが、功をそうしたのだろう。
「そうか。だが、ここまで深く潜入出来た者はそうは、いない。易容の技術も上がったようだ。努力をしたようだな。」
盟主は、感慨深げに頷いた。
「ありがとうございます。…あの、盟主。お伺いしたい事があります。」
夕陽は、盟主に気を付けろと言っていた。
しかし、盟主は昔と変わらず、穏やかな男だ。
盟主が、本当に夕陽に血蠱を仕込み、殺したのか?
なぜ、薬が届かなかったのか…
聞いては、いけないだろうか?
一言。
…違うと言ってくれれば。
昔の友を信じられる。
「言ってみなさい。」
落ち着いた声。
ゆったりと、指を組み。
聞く姿勢になってくれている。
「実は、私と一緒に潜入していた、少女が血蠱で死にました。」
盟主は、驚いたように、目を見張った。
「血蠱で?魔教も酷いことをする。」
知らないのだろうか?
「いえ、盟で入れられた蠱だと、言っていました。蠱を、抑える薬が届かないのだと…」
「……そうか。盟でな…」
「否定なさらないのですか?」
盟主は、ふっと笑った。
「そろそろ一炷香経ったか。」
組んでいた指をほどき、立ち上がる。
薄灰色衣の袖がゆれて、赤い腰紐が通りすぎる。
盟主は、窓際に立った。
丸く切り抜かれた窓から、外を眺めている。
昼間なら、盟館の美しい庭園がみえるはずだ。
でも、今は夜のとばりが降り、墨を溶かしたような闇しか見えない。
盟主の灰色の背中は、私になんとも言えない不安を感じさせた。
「私も、君に聞きたい事がある。」
静かな呟くような声。
威圧的でもなく、恐ろしい声音でもない。
なぜか。
寒気がした。
「裴玄夜と行った、陵墓の場所はどこだ?」
「り、陵墓?」
少し、拍子抜けした。
もっと、決定的な事を言われるのかと思った。
しかし、なぜ陵墓なのか?
正直に答えていいのか?
玄夜が、不利にならないだろうか?
盟主は、窓枠に手を置いたまま、
こちらを振り返った。
赤い腰紐が、一筋の血のように揺れた。
「答えなさい。」
「私は、知りません。目を塞がれていました。」
「君は、嘘が下手だね。」
盟主は、悲しそうに私を見つめた。
深い黒の瞳が揺れる。
「………残念だ。」
……………。
ズキンッ!
腹の中で何かが動いた。
「ぐうっ、うっ。」
感じた事のない痛み。
内臓が捩れる。
思わず、椅子から崩れ落ち、床に這いつくばる。
「正直に、答えないといけないよ。」
「お茶に金蠱の卵を混ぜておいた。」
震える自分の手。
その先に、盟主のつま先が見える。
相変わらず優しい声音で…
「私は、君を殺さない。安心しなさい。」
真上にいる気配。
我慢できず、上を見る。
盟主は、こちらを覗き込むように屈みこんでいた。
近距離で、彼の瞳を覗き込む。
開いた瞳孔。
黒い穴のような瞳。
盟主は、そっと身体を起こした。
灰色の衣が遠ざかる。
そのまま、何気ない動作で茶器を片付けながら
彼は言った。
「どうすればいいか、分かっているよね?」




