第44話 偽りの生活
「あっ、順光さん。いらっしゃいませ。」
「今日は、薬草が欲しくてな。」
魔教辺境の村。
冬の気配が濃くなり、寒風が吹くある日。
数日前に、現れた旅人。
五十代の恰幅のいいおじさん。
順光は、薬屋を訪れた。
「いゃあ、順光さんがいてくれなきゃ、村長の娘は死んでましたよ。今日は、おまけしときます。」
「たまたま、知ってる病状だったからな。」
ちょうど、順光がこの村に着いたとき、
村長の一人娘が、高熱で寝込んでいた。
村の医者に見せても分からず、隣町まで
連れて行くしかないと、相談している所。
旅の薬師である順光がやって来たのだ。
「あと一歩遅かったら、死んでいたと、町の医者にも言われたそうです。この村の者は、みんな感謝してますよ。」
「助かって、よかったよ。」
順光は、照れくさそうに、頬を掻いた。
「順光さんの、娘さんも、良くなるといいですね。」
「ああ。特殊な病だからな。」
順光の娘は、病に侵されていた。
彼は、神医を探すため、娘をここまで背負ってきたのだ。
今は、村唯一の宿に泊まり、
娘の看病をしている。
「では、俺はそろそろ行く。おまけありがとな。」
「まいど~」
順光は、宿に向かって歩いていく。
そのまま、借りている部屋にもどると、
寝台の帳をそっとめくった。
易容術で、変えていた容姿を元に戻す。
癖のある黒髪に、緑の瞳。
こんな時でも、常に笑っているような口元。
柳寒舟。
今の私だ。
「大丈夫か?」
優しく声をかける。
「ゴホッ、はい。大丈夫です。」
まったく、大丈夫ではない顔色で、
夕陽は答えた。
「食事を買ってきたよ。」
「寒舟様、ありがとうございます。」
「ようやく、材料もそろったから、今から
薬を煎じよう。きっと良くなる。」
私は、急いで薬を煎じる準備をする。
薬剤を広げ、お湯を沸かし、擦り潰す。
湯気と薬草の香りが、狭い部屋に満ちていく。
あと少し耐えてくれ。
夜通し、薬を作った。
翌朝、ついに薬が出来た。
これで、解毒できるはず。
もう一度、夕陽の胸に手をあて
霊力を流す。
夕陽は、血蠱に侵されている。
血蠱は、心臓に巣くう。
術者を裏切ったものは、心臓を食い破られる。
さらに、一週間に一度特殊な薬を飲まなければ、
血蠱は、徐々に宿主を喰らいだす。
夕陽は、すでに二週間薬を飲んでいない。
一刻を争う。
私は、すぐに夕陽の身体を支え起こした。
そっと、匙で薬を飲ませる。
この薬なら、大抵の血蠱は、解毒できる。
コクッ
彼女が飲んだのをみて、ほっと一息ついた。
これで、大丈夫。
夕方、私は再び村の市場にいた。
五十代のおじさんに易容し、
人々が行き交う道を歩く。
夕陽に、甘味でも食べさせようと思った。
彼女は、甘いものが大好きだから。
店を探していると、野菜売りの男と、客が話している声が、聞こえた。
「なぁ、聞いたか?指名手配のお触れがでたらしい。」
「指名手配?」
「そう。一人は若い黒髪の男。もう一人は髪の短い十代の女だそうだ。」
「へぇ。」
「生け捕りにすれば、銀が出るらしい。」
「それは、それは。何をしでかしたのか。」
私は、そっと息を殺した。
指名手配されたのか。
追っ手に、見つかるのも時間の問題か。
豆花を売っている店で、器を貸してもらい、
夕陽に持ち帰る。
これなら、食べられるだろう。
急いで帰り、すぐに様子を、確認する。
彼女は、寝ていた。
でも、おかしい。
いつまで経っても、血蠱が解毒されない。
ゴボッ
ゴボッ
夜中、血の混じったような、
苦しそうな咳が聞こえる。
心臓を喰われている。
急いで、夕陽の側に行く。
血の気の引いた顔。
なぜ、解毒できない?
「寒舟様。」
「夕陽、しゃべるな。」
夕陽は、緩く首を降った。
「この蠱は、魔教で入れられたものではありません。」
「では、どこで?」
「武林盟です。」
武林盟?!
正派が、いくら間者であっても、
そんな事をするだろうか?
まして、あの臨修言が、
現盟主だ。
魔教に行くように、命を下された時も会った。
あの男は、公明正大。
まさに、正派の鏡のような男。
「そんな、はずないだろう。正派だぞ。」
「いいえ。本当です。」
信じられないが………
「これは、毒王。沈清月が作った血蠱です。」
「………沈清月」
ドクン
身体に衝撃が走った。
記憶を、辿ってみる。
いくら考えても、思い出せない。
どうゆう事だ?
夕陽の胸に手を当て、再び血蠱を確認する。
蠱に、見つからないよう、慎重に。
「!!」
よく調べると、単純な血蠱ではない。
幾重もの陣が絡みつき、より強固な呪となっている。
生物というより、呪いに近い。
それは生き物のように意思を持ち、主の命令だけに従っている。
こんなものを、私が?
嘘だ。
こんな邪悪なもの。
「寒舟様。」
「な、なんだ?」
「私は、武林盟で寒舟様に、一度会った事があるんです。」
それは、私になる前の本者の寒舟だ。
「そうだったか?」
「はい。とても気難しそうで。今回の任務、正直不安でした。」
「私の、監視と報告が、夕陽の任務だったんだろ?」
「そうです。」
「盟主は、誰も信頼していないのか。」
変わってしまったのだろうか?
まぁ、私に関しては、それで正解かもな。
最初は、やる気なんて全くなかった。
平和ぼけして。
「寒舟様。盟主様には、気を付けて下さい。」
「蠱の解毒薬。最後の命令を受け日に、届く約束でした。………でも、届きませんでした。」
「………つまり、君は」
夕陽は、悲しそうに笑った。
「はい。いらなくなったのでしょう。」
「………………」
なぜ。
なぜ。
どうして、思い出せない。
私の作ったという蠱。
私なら、知っているはずだ。
いくら、必死に考えても、
どうしても何も思い出せない。
ぽっかり、穴が開いたみたいに。
そこだけ、記憶がない。
私は...
次の日も、また次の日も。
必死に、薬を作る。
この配合なら、この薬草なら。
今までになかった、新しい配合も試す。
覚えていなくても、本当に私が作ったのなら、
今の私でも、解毒できるはず。
朝日を浴び。
はっとした。
夕陽の食事の時間だ。
準備しなければ。
食べなければ、治るものも治らない。
たまには、私が作ろう。
宿の厨房を借りて。
温かくて、美味しお粥を作ろう。
ふらっと、立ち上がる。
食材を用意しないと。
易容をして、村の市場にむかった。
朝の市場は、夕方より活気があった。
私は、必要な材料を買っていく。
「おはようございます。順光の旦那。」
「おはよう。」
村長の娘を助けたからか、
色んな人に話し掛けられる。
魚屋の前を通った時、
店主の男が、声を掛けてきた。
「順光さん。娘さんは、どうですか?」
「…あまり、良くない。」
「………そうですか。すみません。」
「気にするな。」
男は、少し気まずそうにしながらも、
小声になった。
「そういえば、例の指名手配犯。
まだ、見つかってないらしいですよ。
何でも、教主様を害そうとしたとか。」
「…そうか。」
「怖いですよね。あの教主様を傷つけようとするなんて。普通の精神じゃありません。
昨日も、魔天閣の魔人が来て、聞き込みしたましたよ。順光さんの所にも、来るかもしれませんよ。」
「………教えてくれて、ありがとう。」
ここにも、追っ手が。
こんな辺境の小さな村にまで、捜索されるとは。
迅速な行動。
さすが、魔教主。
冷徹で、恐ろしく切れ者。
一般の魔人や庶民には、見る事も叶わない、
天である男。
……玄夜は、もう、私の知る弟子ではないのだな。
私が、玄夜の師尊ではなくなってしまったように。
彼を、弟子としか見ていなかった。
弟子ではなく、一人の男。
魔教主、だったのに。
いや、今はそんな事どうでもいい。
夕陽に残された時間は少ない。
早く、食事を作らなければ。
私は、夕陽の元に急いだ。
気持ち悪いのと、お腹痛いので死にかけました。
朝に投稿するつもりだったのですが、
遅くなってしまった…




