第40話 夕陽
間者。
私は、盟の間者として育てられた。
孤児だった訳ではない。
そこそこ名前の知られた家門に生まれた。
幸せだった、母が死ぬまでは。
妹と私は母の死後、
父の再婚した継母に苦しめられた。
食事を与えられなかったり、
こっそり殴られたり、
雨の中、何時間も外に立たされた事もあった。
父は、そんな姿を見て見ぬふり。
やがて、継母に男の子が生まれると、
私達はいない存在になった。
そんな時に、たまたま現れた盟の使者。
艶やかな黒髪に、金の瞳。
二十歳くらいの美しい青年。
彼は、裴玄夜と名乗った。
武林で知らなぬ者はいない薬仙、
沈清月の弟子だという。
頼まれた、薬を持ってきたらしい。
もう、この人しかいないと思った。
帰ろうとする彼の服に取りすがった。
「助けて下さい。」
彼は、そっとしゃがみこみ、
私と目を合わせた。
金の瞳が、瞬く。
「どうしたんだ?」
「妹と、私を、薬仙様の弟子にして下さい。」
このまま、この家にいたら、いつ死んでしまうか分からない。
それなら、いっそう高潔な人物として有名な薬仙様の弟子になれたら。
「すまない。師尊は、弟子はもう取らないだろう。」
裾を掴んでいた手をすっと放す。
「・・・そうですよね。」
「でも、盟主様が使用人を募集している。
取り計らう事は出来るだろう。」
それでも、ここから逃げられるのなら。
十分だ。
私は11歳の夏、妹と2人で、
家門を去った。
それから、盟主様の使用人として過ごすうち、
病気がちな妹が、病に伏せる事が多くなった。
薬が必要だった。
その為には、お金がいる。
たまたま、間者として見いだされ、
給金も多かった。
だから、盟の暗部に所属する事になった。
日々間者としての訓練に明け暮れていると、
沈清月の噂を聞いた。
彼は、前盟主、孤重仁を殺害した、
犯人との嫌疑が掛かっていた。
確かな証拠もあり、
薬仙としての名声は、地に落ちた。
毒王。
毒蠱死風、沈清月。
と呼ばれるようになっていた。
そして、いよいよ現盟主臨修言が、
彼を捕まえるため、部隊を編成した、
その日の夜。
弟子の一人であった、柳寒舟に胸を刺され
殺されたのだ。
あの、玄夜様の師匠が・・・
彼は、この後どうなるのだろう。
恩人である彼は、どうか無事であってほしい。
それから、12年。
私は、間者として魔教に潜入する事になった。
教主の名前は、武林に知れ渡っている。
でも、その容姿については、あまり知られてい
なかった。
鬼のような醜悪な顔で、見るに耐えないなどといった噂もある。
戦場では、血の雨を降らせ、
敵には、容赦しない。
実の父親を殺し、教主の座についた男。
本当に、あの、裴玄夜さんなのだろうか。
その後、暫くして、
教主様の顔を見る事ができた。
黒く豊かな長い髪。
闇をはらんだ金色の瞳。
あの時よりも、精悍さを増した横顔。
あの時、私の前でしゃがみ込み、目線を合わせてくれた青年。
彼だった。
もう、あの時のような、優しさはない。
容赦のない、冷酷無比の最強者。
魔教での日々は、静かに過ぎていった。
春が過ぎ。
夏が訪れた。
夏の終わりに、盟主様から新たな任務を
承った。
柳寒舟の監視と報告。
師である、薬仙を殺し、青蘭谷門主となった男。
今では、彼が薬仙と呼ばれている。
そんな、柳寒舟が、間者?
彼もまた、試されているのかも知れない。
そして、魔教のお祭りが開かれる少し前。
柳寒舟は、やってきた。
何食わぬ顔で、あっという間に教主様の
心を掴み。
一緒に寝るまでになった。
信じられない。
見た目を変えているとはいえ、
沈清月を殺した男だ。
教主様にしてみれば、師匠の敵とも言える。
どうやって、取り入ったのか。
沈七様と話をした。
裏表のない素直な性格。
私の知る寒舟様ではない。
凄まじい演技力。
恐ろしい。
窮奇討伐の馬車の中。
寒舟様と知っていても、気さくな様子に、
ついつい気を許してしまう。
内傷をおったと聞いて、本気で心配してしまった。
討伐が終わって数日。
私に最後の任務が下された。
これが終われば、盟に帰れる。
妹は、先に帰って待っているはずだ。




