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薬仙の帰還  作者: 夏目葵
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第37話 お前は誰だ

凱旋を終え、部屋に戻った玄夜は、

漆黒の外衣を脱いだ。


長い前髪をかきあげる。


少し、着物を緩めると、棚から酒を取り出した。


今回の遠征は疲れた。


窓辺に腰掛け、杯を満たす。


ふと考えるのは、沈七の事。


沈七、沈清月。


本人が、そうだと言った。


確かに、似ていた。


だから、そうだと信じた。


でも・・・


師尊ではない。


知れば知るほど、別人だと感じる。


今回の偽窮奇との戦いで、実感した。


師尊であれば、決して逃げない。


あの後ろ姿を見た時は、絶望した。


「最後に、もう一度だけ・・・」


それでも、まだ。


もしもと思ってしまう。


もしも。


沈七が師尊であれば良いのにと。


酒杯に、月が浮かぶ。


少し揺らすと、ゆらりと消える。


沈七のようだ。






翌朝。


玄夜は、沈七と久しぶりに2人で出かけた。


魂を見て嘘を見抜く、神龍。


望玥ワンユエが守る、陵墓へと。




2人は、馬車で向かい合って座っていた。


以前のような師弟の会話はない。


沈七は、何度か口を開きかけた。


でも、話かけられない。


こんな事は、初めてだった。



気まずい馬車の旅は、一刻ほど続いた。


馬車の中に響くのは、車輪の音だけだった。



・・・そこは、山間の谷底にあった。


最後は、馬車を降り軽功で下まで降りた。


一見すると、只の岩肌。


ゴツゴツとした岩の一つを押す。


すると、音もなく左右の岩がスッと開いた。


沈七は、目を見張った。


かなり精巧な陣法だ。


玄夜は、スタスタと中に入っていく。


沈七は、急いで後を追った。



そこは、静謐な空間だった。


墓というより、広間。


白い大理石の床。


高い天井。


その更に奥に、立体的な龍が浮かび上がる

鉄色の門。


美しい白亜の中で、その門だけが、

異彩をはなっている。


玄夜は、門に近づくと、手を当て、呟く。


「望玥、目覚めろ」


ズルッ


ズズズズズッ


沈七は、目を見張った。


扉の龍が動いている。


艶かしい鱗がある胴体が、扉の表面を這う。


バキバキ


そして、龍の顔が鉄の破片を落としながら、

ズルリと持ち上がった。


『望玥が、列なるものに、ご挨拶いたします。』


鋭い眼光。


大きな牙。


長いひげ。


神龍。


息をすることさえ忘れた。


本当に龍が存在するとは——。



「師尊。扉を開くよう望玥に、言って下さい。」


「私がか?」


「はい、お願いします。」


ゴクリ


沈七は、思わず唾を飲んだ。


そっと、門中の龍の前に立つ。


『汝は、何者か。答えよ。』


沈七は、少し迷った。


なんと答えればいいのか。


「私は……」


言葉が止まる。


今の自分は沈七。


だが、この世界では。


「沈清月。」


「扉を開けてくれ。」



「・・・・・」


望玥は、答えない。


いきなり、ぐいっと首を伸ばした。


ガブッ


「っ!」


鋭い牙が皮膚を裂く。


次の瞬間。


温かな舌が血を舐め取った。


『なるほど。』


「・・・な、なにっ?」


沈七は、反射的に一歩下がった。


「望玥、いったい何をしている?!」


玄夜は、叫んだ。


望玥の瞳の色が、青から赤に変化する。


『開ける事はできぬ。』


赤。


望玥の瞳が、赤く染まる時。


それは、嘘を見抜いた時。



やはり。


沈七は、沈清月ではない。


名前を偽っている。


分かっていたが、ドクンと心臓が鳴る。



「玄夜、私では開けられないようだ。」


沈七は、困ったように言った。


背後の玄夜を振り返る。



「師尊、この扉は、私にも開けられません。」


「どういう事だ?」


「昔、ここを管理していた者がいるようです。

望玥が主と定めたその者しか、開けられません。」


「では、なぜ私をここに連れてきた」


「・・・・」



玄夜は、沈七をじっと見つめた。


「師尊、私と初めてあった日の事。

憶えていますか?」


「玄夜と・・・」


沈七は、思い出すように虚空を見つめる。


「あれは、確か寒い雪の日だったか?

お前が、急に弟子入りしたいと言ってきて。」


「本当に・・・そうでしたか?」


「ああ、間違いない。あの日、私は一度お前の弟子入りを断った。そう記憶してる。」


玄夜は目を閉じた。


小さく息を吐く。


「……そうですか。

そういうことだったのですね。」


ふっと、小さく嗤う。



「玄夜?」


「師尊、望玥は嘘を見抜く事ができます。見てください。目が赤く光っているでしょ。」


「!!」


「嘘をついている証拠です。」


「嘘などついていない!」


「師尊の名前は、本当に沈清月ですか?

魂に刻まれているのは、別の名前のようです。」


「はぁ?」


「師尊。いや……。」


玄夜は一歩、沈七へ近付く。


金色の瞳は揺れていた。


怒っているわけではない。


悲しんでいる。


「望玥は嘘をつきません。」


「あなたの魂に刻まれた名は。」


「沈清月ではない。」


沈七は息を呑む。


「私は・・・私は・・・」


沈七は何も答えられない。


答えられるはずがない。


日本で生き、


柳寒舟の身体で目覚め、


沈七として暮らしてきた。


今の自分は・・・


長い沈黙。


やがて玄夜は、


ゆっくりと口を開く。



「・・・お前は。誰だ。」






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