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薬仙の帰還  作者: 夏目葵
34/39

第34話 想帰

そこにあったのは、赤黒く明滅する巨大な陣だった。


ドクン。


ドクン。


まるで巨大な心臓が鼓動するように、大地そのものが脈打つ。


陣の中央には、血を固めたような深紅の宝玉。


その周囲には、幾重にも髑髏が積み重ねられていた。


大人だけではない。


幼子と思われる小さな頭蓋まで混ざっている。


沈七は静かに息を呑む。


気味が悪い。


・・・いや。


胸に込み上げたのは、恐怖ではなかった。


怒りだった。


思わず拳を握り締める。


爪が掌へ食い込む。


怪僧は陣の中央へ歩み寄り、宝玉を見上げる。


「ほほう……。しばらく来ぬ間に、随分と溜まったな。我が君も、お喜びになるだろう。」


沈七は気配を殺したまま、陣を観察する。


(これは……。)


邪気が流れている。


いや。


吸われている。


無数の細い流れが、一点へ集まり、

宝玉へ注ぎ込まれていた。


玉の奥では、黒い靄が渦を巻く。


目を凝らした、その瞬間。


微かに見えた。


人の顔。


老人。


女。


子供。


幾つもの魂魄が苦悶の表情を浮かべ、宝玉の中でもがいている。


(魂を……器に閉じ込めてる。)


(私にはこれ以上読めない。)


(このまま、見過ごす事は出来ない。)


鉄剣を握り直す。


(一撃で決める。)



闇に溶け込むように、息を殺す。


ほどなくして、怪僧は、

確認を終えたのか、陣を離れた。


洞窟のさらに奥に向かっていく。


(いまだ!)


強く地を蹴った。


あの、宝玉さえ壊せば。


陣は崩壊する。  


鉄剣を脇に構え、最速で掛ける。


ドクンドクンと脈打つ、血色の玉が、

眼前に迫る。


剣をそのまま、前に突き放った。


ガキンッ!!!


錫杖。


(くそっ!失敗した。)


そのまま、跳ね上げられる。


相手の力を利用して、回転。


後方におりたった。


「ははははっ!鼠が潜り込んだ事、気付かぬとでも、思ったか?」


「・・・・っ」


「お主は、誰だ?魔教の者か?それにしては、

魔攻も使っておらぬし、随分と弱い。たまたま、入って来た、村人に違いない。」


「・・・・」


ぐっと、唇を噛む。


挑発に、乗ってはいけない。


「お前こそ、誰だ?その、邪悪な蓮の紋様。聞いたことがある。万象楼ばんしょうろうの幽鬼か?」


「なんと、子鼠が知っておったか。さよう。私が、万象楼ばんしょうろうの怪僧。後塵だ。」


「この陣は、なんだ?」


「くふ、くふふふっ。教える訳がなかろう。」


怪僧は、背を反らして嗤った。


「だがなぁ、この陣を見てしまったからには、

殺さないといけないなぁ。

貧僧は、仏に使える身。理由のない殺生はせぬ。お主は、見てしまったからなぁ。仕方のない事だ。」


身体を戻したときには、恍惚の表情を浮かべていた。


咄嗟に、鉄剣を構える。


怪僧の姿がぶれた。


カァーン


ギリギリ受け止めた。


だめだ。


昔に比べ剣筋も、だいぶ鈍った。


この剣で・・・


この実力で勝てるか?




一撃。


二撃。


三撃。


防ぐたび、腕が痺れた。


「はぁはぁ。」


息が、続かない。


更に一撃。


ガァン


鉄剣が、弾き飛ばされた。



「ふむぅ、やはりただの野鼠か。

それに比べ、魔教主は頑張っているな。」


「なにっ?!」


「たが、もうすぐ、心魔に飲み込まれそうだ。

これは、思いがけず、いい報告ができそうだ。」


「お前、お前が窮奇の主か!」


「まぁ、そうだなぁ。」


再び、剣を取る。


怪僧に、切りかかった。


「なにを焦っておる。ほほう、やはり魔教の人間か。」


軽々と、錫杖で防がれ、弾き飛ばされる。


ズガァーン


軽い一撃で、壁まで弾き飛ばされた。


「なんと、退屈な。」




沈七は、半ば壁にめり込んだ。


いくらか勢いを殺したものの、

凄まじい衝撃だった。


(実力が、違いすぎる。)


昔で、あれば。


35年前であれば、こうはならなかった。


弱くなった。


勝てる気がしない。


私は・・・どうやって、戦っていた?


分からなくなった。


ただのおじさんとして、生きていた。


もう、こんな事出来る筈なかったんだ。


悔しい。悲しい。痛い。


色々な感情が押し寄せる。


薬仙であれば、諦めなかった。


でも、今の私は・・・


ここで死ぬのかもしれない。


その時、声がきこえた。


『お兄ちゃん、頑張って』


「えっ?」


桜凛?


なぜ?


ふと、顔を上げる。


遠くに、血色の宝玉が見える。


その中に、一瞬。


桜凛の姿が見えた、気がした。


「あ、あの宝玉は?」


声が震える。


「まだ、生きておったか。手向けだ。教えてやろう。あれは、私の撒いた呪種で死んだ者達だ。」


「呪種?」


「昔この近くで実験をしてな。邪魔をした奴がいたから失敗した。だがな、魂を捕まえた。死んだ後でも、苦しめれば、もっといい器になるからなぁ。」



「・・・・っ、貴様。」



「どうだ、天才だろう。命を無駄にする事は、仏に遣えるわしには、とても出来なかったからなぁ。」


「そうだ、一人だけ、少女の魂が長いこと抗っていたな。それも、僅かな間だけだか。」




殺さなければ、ならない。


もう、今の私には、戻れないかもしれない。


しかし、こいつだけは。


コロス。




刹那。


鉄剣の刃先が、怪僧の鼻先を掠めた。


あと、一歩遅ければ、切り裂かれていただろう。


目にも止まらぬうちに、2人は十三閃の攻撃を交わした。


火花が、あちこちで飛び散る。


切り結んだ時、怪僧は驚いた。


明らかに、今までとは違う。


剣を交わすたび、その剣筋は、洗練されていく。


怪僧は、初めて焦った。


額に汗が浮かぶ。


次の瞬間。


カァァァン!


・・・鉄剣が折れた。


怪僧は、ここだと、錫杖を突き刺した。



刹那。



2人の、間に何かが飛来した。


怪僧の錫杖を弾き飛ばす。



それは、一本の剣だった。


鈍い青灰色の刀身。


一見、何の変哲もない。


しかし、見る者がみれば、一品と解るだろう。



「・・・想帰」


沈七。


沈清月は、呟いた。





























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