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薬仙の帰還  作者: 夏目葵
31/37

第31話 討伐の始まり

早朝。


昨日、見た洞窟が気になった。


出発前に、確認しておこうと沈七は、

こっそり隊を離れた。


朝日に照らされた、朝露がキラキラと輝く。


衣の裾が濡れる。


暫く歩くと、洞窟が現れた。


そこだけ薄暗い。


まるで光を吸い込んでいるようだった。


「……。」


嫌な感じがする。


ただの陰気ではない。


地脈そのものが歪められているような。


沈七はゆっくり近付いた。


洞窟の入口に立った瞬間、


ぞわっ。


急に寒気を感じた。


よろめいて、足元の小石を、

不意に蹴ってしまった。


ころり。


小石は洞窟の中へ転がる。


はずだった。


しかし、坂を登るように、

沈七の足元まで転がってきた。


「……?」


思わず眉をひそめる。


しゃがみ込み、もう一つ石を転がす。


ころり。


やはり同じだった。


「何かを隠す術か?」


眉をひそめる。


誰かが空間を歪めている。


かなり大掛かりな術式だ。


中へ入れば調べられる。





だが・・・


これから、窮奇の討伐が始まる。


今、一人で入るには危険すぎる。


「後で玄夜に話そう。」


そう呟いて洞窟を後にした。



沈七が、隊に戻ると、調度、薬王閣の馬車が

荷物を積み終わった所だった。


「閣主様、また居なくなってしまったと思いました。」


薬王閣に所属する新人魔人。


周青が、沈七に声を掛ける。


「夕陽さんも、探していましたよ。」


「ごめんごめん。ちょっと気になった事があって。」


馬車の扉が開いた。


ひょこ


夕陽が馬車から顔を出す。


「閣主様~、早くお乗りください。」


「ごめん。」


沈七は、急いで馬車に乗り込んだ。



香一炷後。


一向の乗った馬車は止まった。


大きな門。


そこそこの規模の町だとわかる。


安河城あんがじょう


最初に窮奇の被害があった場所だ。


門をくぐると、町の空気は重かった。


市場は開いている。


人も歩いている。


だが、誰もがどこか怯えた表情をしている。


「ずいぶん、不安そうだ。」


「それは、そうですよ。武人ではない市民は、

戦う事もできませんから。」


「そうだよな。夕陽は、戦えるの?」


「私は、護身術程度です。」


夕陽は、少しだけ困った顔をした。


「じゃあ、なるべく戦いに巻き込まれないようにしてね。」


「ふふ、わかりました。」


沈七は夕陽と話ながら、周囲を見回した。




ちょうど、その時。


「魔教の皆様ですね。」


城主の男が、深く頭を下げた。


「お待ちしておりました。」


討伐隊は、そのまま城主府へ案内された。


広間には、数人の役人が待っていた。


玄夜は上座へ座る。


沈七は薬王閣の者達と後方へ控えた。


城主は地図を広げる。


「被害は日に日に増えております。」


「最初は宿屋の女将でした。」


「その後、町の巡回をしていた兵。」


「さらに調査へ向かった者。」


「皆、戻りませんでした。」


高要が尋ねる。


「共通点は。」


城主は静かに答えた。


「必ず一人で行動していたことです。」


部屋が静まり返る。


「遺体は。」


「ほとんど見つかっていません。」


「ただ……。」


役人が一枚の紙を差し出した。


「現場には毎回、巨大な獣の足跡が残されています。」


「それと。」


「酷い腐臭です。」


沈七は僅かに眉を動かした。


腐臭。


「ほとんど。という事は、見つかった遺体もあるのですか?」


「はい。兵士の遺体は、見つかりました。

傷を負いながらも、なんとか逃げたのですが、

報告の後、すぐに失くなりました。」



「なるほど。その方だけですか?」


「いえ、後もう、一人。幼い少年が見つかりました。母親が、獣の声を聞き、駆けつけた所で、見つけたそうです。」



「・・・・そうですか。遺体を見ることはできますか?」



「できます。すぐに、ご覧になりますか?

この城主府に保管してあります。」



玄夜と沈七。


動向した魔頭。


問剣峰、混沌心剣。


秦無涯しんむがい


この三人で、停屍房ていしぼうに向かう。



城主の後について、部屋に入る。


沈七は、部家の真ん中に置いてある、

二つの遺体に、歩み寄った。


かけられた、白い布を取る。


獣の爪のあと。


肉を、引きちぎられたような噛みあと。


そして、強い腐臭が鼻つく。


皮の手袋を懐から、取り出し、手に付けた。


そっと、身体をさわる。


瞳孔を、見る。


舌や、爪もよく見る。


そして、手首の内側。


・・・変わった蓮のあざがある。


兵士の男も。


少年も。



「沈七殿。何かわかったか?」


秦無涯が、聞いた。


「二つ、気になった事があります。

まず、一つ。爪痕は、獣のものなのですが、

この噛み痕。キバが発達した動物のものではありません。」


「どういう事だ?」


「人間が噛んだ痕です。」


「窮奇は、伝承によると、虎の頭、虎の身体。牛の角に鳥の羽の魔獣ではないのか?」


「しかし、どう見ても人の歯形です。」


それまで、腕を組んで眺めていた、玄夜が、

口を開いた、


「では、二つ目は?」


「この腕のアザです。蓮花のようなアザがあります。このお二人しか、調べていないので、これ以上、分かりませんが。共通点といえば、これですね。」


「この蓮の痣、ご存じありませんか。」


沈七が城主へ尋ねる。


城主は首を横に振った。


だが。


一人の年配の役人が、おずおずと口を開いた。


「……その紋様なら。」


「昔、見た事があります。」


全員の視線が集まる。


「何処だ。」


玄夜が低く問う。


「城外の白雲寺です。」


「寺?」


「はい。今は廃寺ですが、昔は疫病除けの護符として、蓮の印を祀っていたと聞いております。」


「今は誰も近寄りません。腐臭がするんです。」


沈七が反応する。


「腐臭?」


「町では昔から噂があります。夜になると腐った臭いが流れてくる、近づくなと。」



「なるほど、君上。一度調べてみていいかもな」


「私も、怪しいと思います。」


「ならば、少人数で一度調べてみるか。」




正午。


町の役人に、案内され。


玄夜、秦無涯、沈七の三人。


そして、少数の腕の立つ魔人をつれて、

白雲寺にやってきた。


薬王閣の周青も同行している。



墓地、井戸、庫裏。


調べられる場所は全て調べた。


しかし、昼間の白雲寺は、ただの廃寺といった感じで、異臭もしなければ、怪しい所もない。


「何もないな。」


玄夜が呟いた。


一番後ろを歩いていた沈七は、

違和感を抱いた。


玄夜、秦無涯、魔人達。


なぜか、全員が、古びた堂をまったく、

気にせず、そのまま通り過ぎている。


調べもしない。


廃寺内にある、他の建物や、墓まで調べたのに。


なぜ、ここだけ?


そういえば、私もさっき通った時。


こんなに、大きな建物なのに、

なぜか目に止まらなかった。


たまたま、後方にいて、全体を見ていた。


だから、気づいた。


何かの術。


沈七は足早に玄夜の隣まで歩み寄った。


「君上。」


「どうした。」


「一つ、聞きたい事が。」


「何だ。」


沈七は正面にある古びた本堂を指差した。


「そこの本堂は調べないのですか?」


玄夜は一瞬、沈七の指先を追う。


「……。」


僅かに眉をひそめた。


「本堂?」


「そこに建っています。」


沈七がもう一度指す。


玄夜はしばらく黙ったまま本堂を見つめた。


「……今、初めて気付いた。」


「何?」


秦無涯も振り返る。


「本当だ。」


「こんな大きな建物があったのか。」


後ろの魔人達もざわつき始める。


「さっき通ったのに……。」


「全然目に入らなかった。」


沈七は静かに頷く。


「誰も、本堂に目を向ける事がありませんでした。どうやら、認識を阻害する陣が、張ってあるようです。」


「それで、気付かなかったのか。」


沈七の言葉に、玄夜はもう一度本堂を見た。


今度は、はっきりと見える。


朽ちた柱。


崩れた瓦。


大人が何十人と入れるほどの大きな建物。


「こんなものを、どうして見落とした……。」


秦無涯が低く呟く。


瞬間。


ぶわっ。


腐臭が、広がった。


「げほっ、これは凄いな。君上。私が先に行きます。」


無涯は、刀を抜きはなった。


鞘から現れた刃は剣より厚く、鈍い銀色の光を放つ。


下で構えたまま、そろそろ近づく。


本堂の扉を押した。


ギギギィ


ゆっくりと、扉が開く。


薄暗い堂内に、外の光が差し込む。


一体の仏像。


あとは、何も見当たらない。


がらんとした空間。



「なんだぁ、ハズレか?」


「……いえ。」


沈七は仏像へ目を向けた。


「仏像をご覧下さい。」


濃い瘴気。


仏像の下から、湧き出している。


玄夜の表情が引き締まる。


「全員、避瘴丹を飲め。」


「秦無涯、沈七。二人は仏像を調べろ。」


玄夜が、命じた。



沈七と無涯は、仏像に近づいた。


秦無涯が刀の峰で、軽く台座を叩く。


ごっ。


鈍い音が堂内へ響く。


「……空洞か。」


沈七は膝をつき、石の継ぎ目を指でなぞる。


「こちらだけ磨耗しています。」


「頻繁に動かされた跡です。」


玄夜が静かに命じる。


「動かせ。」



無涯は、手に霊力を集めると、掌を打ち出す。


ゴゴゴゴ……


仏像がゆっくりと横へ滑った。


その下に現れたのは、闇へ続く石階段。


ブワァッ


濃い瘴気が吹き上がる。


誰も口を開かなかった。


階段の先は、蝋燭の灯りも届かない。


底があるのかさえ分からない闇。


玄夜が一歩前へ出る。


「行くぞ。」


暗い階段を降りると、直ぐに部屋についた。


パチン


玄夜が指を鳴らす。


壁に掛かっていた蝋燭に火が灯る。


照しだされた、そこには・・・・


無惨な死体の山。


頭の千切れている。


腕や、足のがない。


目玉をくり貫かれた者もいる。


さらに、様々な動物。


トラ、カラス、犬、猫


「うっ、ぐっ」


沈七は、思わず吐きそうになった。


その様子を、玄夜が見ている。


「凄まじいな。実検の痕か?」


沈七は、堪えながら、死体にちかづく。


腕を見る。


「人の遺体には、やはり、蓮花の痣があります。」


「やはり、白雲寺が絡んでいたようだな。」


「おい、よく見ると下に陣が、掛かれているぞ。」


死体の、山の下には、光を失った陣術の痕。


何処かで、見たことがある。


沈七が、もう少し詳しければ、

なんの陣か見抜けたはずだ。


右手を左手で、ぐっと掴む。


悔しい。


「わからないが、録な事ではないな。」


玄夜が、呟いた。




結局、ここで何かが起きていた事は、

分かった。


でも、それ以上は、分からない。


三人は、地下から上がった。


待機していた魔人達を集め、廃堂を出る。


その時だった。


ポツ


ポツポツ


ザァー・・・・


雨。


いつの間にか、黒い雲が立ち込めていた。


雨の香り。


土の香り。


腐臭。


ヒタッ


ヒタッ


ヒタッ


獣が獲物に、忍び寄る。


ヒタッ


ヒタッ


それは、姿を表した。


牛のような黒い身体。


トラのような脚。


人皮のような膜が張った、血の滲む翼。



そして。


顔。


人の顔。


肩に。


胸に。


腹に。


苦痛に歪んだ人の顔が、 いくつも埋め込まれていた。


















































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