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薬仙の帰還  作者: 夏目葵
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第28話 疫病村

それから、数日。


町で食料を補充したり、野宿をしたりしながら、進んでいった。


そして、今日。


朝方。


ようやく窮奇が出たという町の近くに、

たどり着いた。


今日は、これ以上近寄らない。


明日の朝早くに、進軍する予定だと伝えられた。


休むように、言われたものの。


正直暇だった。





・・・だから、沈七は薬草を採取する事にした。


ここは、魔天閣より、大分南。


植生も、少し違う。


夢中で、採取していると、


森の奥に洞窟を見かけた。


陰気が漂っている。



「なんだ、あれ。気持ち悪いな。」



たまに、陰気が自然に溜まる場所がある。


あの洞窟も、そうなのだろうか。


沈七は、なんとなく気になった。




「でも、今は薬草採取が先だ。」


ボソっと呟くと、また薬草を集めていく。


暫くして、籠がいっぱいになった。


ようやく、満足した沈七は、


ふぅと一息ついた。


よいしょと、立ち上がった所で、苔むした石碑が目に入る。



「あれ、なんだ? 見たことがあるような。」


石碑には文字が刻まれていた。


だが、長い年月で削れ、もう読むことは出来ない。


その時だった。


ふわり。


どこからともなく、湯気の立つ肉まんの香りが漂ってきた。


「……ん?」


沈七は鼻をひくつかせる。


「肉まん?」


こんな山奥で?


思わず辺りを見回す。


人の姿はない。


「誰かいるのか?」


返事はない。


目の前には、大分昔に人が住まなくなったのだろう、崩れた家々が並んでいた。


どうやら、廃村のようだ。



香りだけが、風に乗って崩れた村の

奥へ流れていく。


「……まさか。」


苦笑する。


「腹が減ったから、空腹で幻の匂いでも嗅いだのか?」


そう呟きながらも、


足は自然と香りを追っていた。


苔むした石垣を越え、


朽ちた家々の間を歩く。


一歩。


また一歩。


そして――


村の中心へ足を踏み入れた瞬間。


ゴォォッ――


強い風が吹き抜けた。


思わず目を閉じる。


 


ふわり。


 

先程までよりも濃い、肉まんの香り。


「……あれ?」


目を開く。


目の前に広がっていた廃村は消えていた。


代わりに。


「いらっしゃい!」


「蒸したてだよ!」


市場には人々が行き交い、


湯気の立つ店が軒を連ねている。


 

「……。」


「なんだ、これ。」


香りの先。


肉まん屋の前に、一人の男が立っていた。


銀色の髪。


白衣。


「肉まんを十下さい。」


店主が笑う。


「先生、今日は食べ過ぎじゃないですか? いつも三つは食べてますけど。十はねぇ。」


男は笑った。


「いいんだ。」


「今日は子供達にも配るから。」


「また先生の奢りですか。」


「たまには、腹いっぱい食べさせてやらないとな。」



沈七は息を呑む。


「……私。」


銀色の髪。


白衣。


見間違えるはずがない。


「あれは……。」


「昔の、私。」




「先生、私にも肉まんちょうだい。」


「僕にも。」


「こらこら、ちゃんと人数分あるからね。」



薬仙と呼ばれるよりも前。


まだ、何の罪も侵していない、過去の私。


夢幻の中に迷いこんでしまったのか?


何かの術かもしれない。



にこにこと、子供達に肉まんを配る自分。


「先生~、次は何して遊ぶ?」


「また、お話聞かせてよ。」


「はは、少しだけですよ。」


子供達の笑い声が響く。


肉まんの湯気。


焼きたての香り。


沈七は思わず一歩踏み出した。


「待っ──」



パチン。



瞬きをする刹那の瞬間。


笑い声が消える。


湯気も。


肉まんの香りも。


そこに立っていた子供達も。


誰もいない。


代わりに。


閉ざされた戸。


風に揺れる白い布。


家々の中から聞こえる苦しげな咳。


どんよりとした空。


まるで村全体が喪に服しているようだった。



「先生!!」



突然、少年の叫び声が響く。


「母ちゃんが!」


気付けば、駆け出していた。


以前は笑い声で溢れていた道を走る。


同じ村。


同じ家並み。


なのに、まるで別の場所だった。


家へ飛び込む。


鼻を突く腐臭。


血の臭い。


布団の上では、一人の女が苦しそうに息を荒げている。


「先生……。痛い、痛いです。助けて。」


震える声。


女の半顔は、腐り異臭を、放っていた。


沈七は何も言わず、その手首に触れる。


脈。


額。


瞳。


舌。


一つ一つ確認していく。


その瞬間だった。


胸の奥が締め付けられる。


「……。」


自分には、治せない。



「この部屋には誰も入らないで。」



この村で、蔓延している症状だ。


初めは、水膨れができる。


そして、咳の症状が現れ、水膨れ部分が壊死

し始める。


最終的に、全身が腐り落ち、死に至る。


まるで、呪い。


あらゆる可能性を調べたが、

原因がわからない。


伝染性が、ある事は確かだ。


ごほ


ごほ


女の咳は止まらない。


黒い血が口元を濡らした。


「っ……。」


沈七は拳を握る。


諦めない。


きっと、なにかある筈だ。


もっと調べる時間がいる。


もっと――




「先生。」




後ろから静かな声がした。


振り返る。


村長だった。


その顔は、どこか覚悟を決めている。



「少し、お話があります。」



沈七は村長の後を追う。


家を出る。


見渡せば。


あちらの家でも。


こちらの家でも。


苦しげな咳が聞こえてくる。


閉ざされた戸。


泣き叫ぶ子供。


祈る母親。


村全体が、静かに死へ向かって歩いていた。




























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