第26話 琴
宴会場の扉を開く。
途端に、熱気が押し寄せた。
酒。
肉。
人の声。
討伐前夜とは思えないほど賑やかだ。
長机には料理が並び、魔教の者達が思い思いに杯を交わしている。
沈七は足を止めた。
そして。
窮奇の事でもなく。
討伐の事でもなく。
真っ先に料理を見る。
「・・・・」
視線の先。
羊の丸焼き。
皮は飴色。
香ばしい匂いが漂っている。
悪くない。
その隣には香辛料をたっぷり使った牛肉の煮込み。
焼いた川魚。
蒸籠いっぱいの肉まん。
山のように積まれた饅頭。
さすが魔教。
肉が多い。
「美味しそうだな。」
各魔頭に割り当てられた、席につく。
もぐもぐ
もぐもぐ
久しぶり、思う存分食事を楽しむ。
魔天閣にきて以来、自分の好きに食べ物を
楽しむ機会があまりなかった。
美味しい。
しゃらん
しゃらら・・・
暫くすると、琵琶の演奏が始まった。
「おっ、君上は、演奏まで用意してくださった」
「流石、美しい音色。」
「だが、琵琶、笛まであるのに、琴がないのは寂しいな。」
「私は、以前も彼らの、演奏を聞いた事があるが、琴の名手がいたはずだ。」
美しい音色に、酔いしれながら、
魔人達は、会話を楽しむ。
今日が、最後になるかもしれないから。
やがて、酔った魔人の一人が言った。
「琴の名手は、どうした?」
「申し訳ありませぬ。今宵は、体調が悪く、演奏に参加できません。」
「俺は、琴が好きなんだ。聞きたかったなぁ。」
少し、寂しげだ。
『ならば、薬王閣主に、頼んだらいかがだろう』
突然響いた声に、誰もが顔を向ける。
王座で美女を侍らせて、酒を飲んでいた玄夜が、突拍子もない事を言い出した。
「わ、私がか?」
「お前以外に、薬王閣主がいるのか?琴の名手だと聞いているぞ。」
まるで、玄夜らしくない。
魔教主、そのままの姿だ。
「おお、其はいいな。正直、突然薬王閣が出来て、知らない薬師が閣主になったものだから、どんな人物か気になっていたんだ。」
魔頭の、一人邪骨尊者が、煽るように言った。
途端、それがいい、弾いてみろ、早くしろ。
などと、四方から野次がとぶ。
「私は、琴を触った事もない。なぜ、名手などと言うのか。」
「お前は、君上が嘘を、申されたと言うのか?
天であるぞ。」
もう、逃げられないようだ。
弾き方など知らない。
琴を間近で見るのさえ、初めてだ。
「・・・承知しました。」
仕方なく、立ち上がる。
玄夜が、遠い。
「清歌を持ってこい。」
教主様の命令一つで、白い琴が運ばれてきた。
卓上に置かれた琴は、雪のような白。
長い琴身は白玉を削り出したかのように滑らかで、七本の弦は月光を受けて淡く輝いている。
派手な装飾はない。
ただ静かに、
そこに在るだけで人の目を引いた。
ドクン
「あれ?」
見たことのない琴。
なのに、何故か鼓動が早まる。
とても、嫌だった。
琴のそばに近寄るのが。
苦しくさえおもえた。
周りの刺すような視線。
恐る恐る、震える指で、つま弾く。
ポロン
美しい音だった。
たった一音。
たった一音で、釘付けになる。
周囲の魔人達がざわめく。
ポロン
ポロン
琴に触った事も、もちろん弾いた事もない。
なのに、なぜ、指が動くのか。
何処か、懐かしい曲。
止まりたいのに、止まれない。
自分が、自分でないような。
ポロン
どうしてだろう。
ポロン
胸が苦しい。
ポロン
苦しい。
ポロン
苦しい
ポロン
ゴボッ
血。
喉から鮮血が、溢れ出る。
赤い雫が白い琴身を汚した。
ざわっ
一瞬で宴会場が静まり返った。
先程までの笑い声も、
酒を酌み交わす音も消える。
「薬王閣主様!」
「どうなされた!」
沈七は口元を押さえた。
温かい血が指の隙間から滴る。
どうしてだ。
なんで、私は血を吐いた。
なぜ、あの曲を知っていた。
分からない。
「だ、大丈夫だ。」
そう言った声は、自分でも驚くほど掠れていた。
衣の裾で血を拭う。
白い琴には、まだ赤い血痕が残っていた。
教主は、王座から冷たく眺めているだけだ。
「君上、失礼いたしました。私は、これで失礼いたします。」
沈七は再び込み上げる血を飲み込んだ。
少しよろめきながら、宴場を後にする。
誰も呼び止める者はいなかった。
~~~~~~~
窮奇討伐で、忙しい中、
時折報告される、沈七の言動。
一人だけ、緊張感もない。
いつも通り。
師尊であれば、そうではない筈だ。
一番率先して、準備をする。
あんな風に、私には関係ない。
そんな態度を取る筈がない。
頭にきたので、温如春の同行を取り止め、
変わりに薬王閣を窮奇討伐に連れていく事にした。
俺は最近。
半ば、諦めていた。
あの男は、師尊とは違うのではないか。
窮奇討伐の宴。
俺は、わざと楽団の琴奏者を、
来ないよう命令した。
もしかしたら、誰かが、琴の演奏を
聴きたいと言い出すかもしれない。
言い出さなければ、俺が言ってもいい。
そしたら、清歌を持ち出しそう。
師尊ならば、清歌を知らないはずがない。
宴席が進むにつれ、酔っぱらうものが増える。
俺は、女達に囲まれ、酒を飲んでいた。
何時もなら、女など呼ばないが、妙に人肌が恋しかった。
その時、丁度よく琴が聴きたいと声が上がる。
この機会を逃さない。
逃げられないと悟ったのか、
沈七は、嫌そうに、席を立つ。
清歌を見た沈七は、近寄るのも嫌そうだった。
何かを恐れるような。
だが、師尊であれば、そんな態度を取る
はずはない。
師尊ではない。
そんな、考えが頭を過る。
沈七は、震える指で一音。
ボロン
途端に、うっすらと霊力が舞う。
ボロン
ボロン
懐かしい曲だ。
師尊が何時も弾いていた。
ボロン
ボロン
ゴボッ
突然、沈七が吐血した。
どういう事だ?
清歌が、沈七を拒絶したのか?
苦しそうな沈七。
駆け寄ろうと思った。
その時。
もう一人。
師尊と清歌。
そして、曲を知っている人物を思い出した。
柳寒舟
師尊を殺した、兄弟子。
あいつなら、全て知っている。
沈七が、柳寒舟だとは思えない。
あまりに、違いすぎる。
だが。
柳寒舟に繋がる者であるなら。
師尊の事を知っていてもおかしくない。
沈七は、嘘をつく素振りもないし、
素性が分からない以外に、
怪しい所もない。
だけど、まさか、そうであるなら。
どうしたらいい?
結局、宴席を後にする沈七を
呼び止める事はなかった。
本編に、関係ないですが、
たった、二話しか投稿出来てない王道作品。
意外と読まれてる。
王道は、強いと実感。
はじめて、26話まで小説を書けました。
いままで、10話前後で終わってたので。
面白いかは、不明ですが、完結させたい。




