第24話 幽霊が出るんだって
「あ~だんだん冷え込んできたわ。夜は、もう寒い、寒い。」
「ですよね。薬王閣主様の温熱袋がなければ、耐えられませんでした。」
辰の刻。
提灯を手に、二人の下女が歩いていた。
住まいである侍女房に戻る途中だ。
秋も終わりに近い。
吐く息は白く、石畳の上には薄い霧が漂っている。
夜の魔天閣は昼とは別の顔を見せる。
人気のない回廊。
風に揺れる木々。
遠くで聞こえる夜鳥の鳴き声。
そのせいか、最近広まっている噂を思い出してしまう。
――宝物殿に幽霊が出る。
昼間なら笑い飛ばせる話だが、夜になると別だった。
「ねぇ……本当に出ると思う?」
「や、やめて下さいよ。思い出しちゃうじゃないですか。」
二人は肩を寄せ合うように歩く。
やがて、人通りの少ない宝物殿の脇へ差しかかった。
漆黒の建物は闇の中に沈み、まるで巨大な怪物が口を閉ざしているように見える。
その時だった。
――ポロン。
二人の足が止まる。
「え……?」
――ポロン……ポロン……
どこからともなく、琴のような音が聞こえてきた。
風の音ではない。
誰かが弾いたような音だった。
「き、聞きました?」
「き、聞いた……」
提灯を持つ手が震える。
宝物殿に人がいるはずがない。
夜間は立ち入り禁止だ。
それなのに。
――ポロン。
また鳴った。
今度は先ほどより近い。
二人は顔を見合わせた。
「あははは、まさか幽霊なわけないよね。」
「で、ですよね。」
誤魔化すように、ははは、と笑い合う。
そにに
ガサ...
ガサガサ....
ガサ...
何かいる。
絶対に何かいる。
幽霊だ。
噂は本当だったのだ。
二人が半泣きになった、その時。
ガサッ
ひょこっと現れた黒い塊
「ひっ!」
「きゃあっ!」
「うわっ!」
薬草カゴを背負った沈七だった。
濃い茶色の服を着て、
頬には土汚れがついている。
「びっくりした」
「私たちのセリフですよ!なんで、あんな所から出てきたんですか?」
「いや、夜にしか咲かない薬草があってさ」
そう言って手の中の白い花を見せる。
月明かりを受けて淡く光る、美しい薬草だった。
しかし二人はそんな事を気にしていない。
「それより聞いて下さい!」
「宝物殿から変な音がするんです!」
「音?」
「琴みたいな……」
「そんなわけないだろう。聞き間違えだよ。」
沈七が苦笑した。
下女達も少し安心したように息を吐く。
その瞬間だった。
ボロン。
ボロン。
ボロン。
ボロン。
ボロン。
めっちゃ、鳴った。
「「「・・・・・」」」
誰も動かない。
宝物殿の方から。
今度は誰が聞いても分かるほどはっきりと。
琴の音が響く。
そして。
ボロロロロロロロロ……
まるで誰かが勢いよく弦を引っ掻いたような音。
沈七の顔から笑みが消えた。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
三人は顔を見合わせる。
沈七が口を開いた。
「うわぁぁぁぁぁ」
「きゃああああ」
「ひゃあああああ」
三人は、逃げた。
一目散に。
石畳を蹴り。
提灯を振り回し。
息を切らしながら。
誰一人後ろを振り返らない。
「うわぁぁぁぁ!」
「待って下さい!」
「待ってる!」
「待ってないじゃないですか!」
「気のせいだよ!」
「気のせいじゃありません!」
半刻ほど走り続け。
ようやく侍女房の灯が見えた。
三人は同時に足を止める。
「はぁ……はぁ……」
「し、死ぬかと思いました……」
「はぁ、まだ辛うじて生きてる。」
沈七も息を整えながら答える。
一人の下女が不安そうに宝物殿の方を見た。
「でも……あれは本当に何だったんでしょう。」
「知らない。」
即答だった。
「知りたくない。苦手なんだよ。」
「閣主様!」
「怖すぎる。関わっちゃだめだよ。」
沈七は顔蒼白だった。
下女達も少し青ざめる。
沈七はちらっと、侍女房の入口を確認する。
取りあえず、彼女達の目的地には、ついたみたいだ。
よかった。
「ほら、もう大丈夫。今夜は戸締まりをしっかりして。」
「はい……。」
「ありがとうございます。」
下女達が頭を下げる。
沈七は手をひらひら振った。
「じゃあね。」
そう言って立ち去った。
背後で扉の閉まる音がする。
下女達が、侍女房に入ったようだ。
歩きだそうとして、止まる。
・・・・。
静かだ。
周囲には誰もいない。
夜風だけが吹いている。
沈七は宝物殿の方向を見た。
見なければいいのに。
見てしまった。
すると。
遠く。
闇の向こうから。
――ポロン。
聞こえた。
沈七は硬直した。
「・・・・」
そして。
軽攻を駆使して、玄夜の寝室に駆け込んだ。
バタン、ゴッ
勢い余って、倒れた。
さらに、壁にぶつかる。
「いたっ」
「し、師尊。どうされましたか?」
驚いた様子の玄夜に、
誤魔化すように、答える。
「えっ、はは。いや別にどうも。」
「そんなに、慌てて。危ないですよ。」
「そ、それは。すまなかった。わ、私はもう休もう。」
「師尊。湯浴み、此れからですよね。」
「そ、そうだな。あ~一緒に行かないか?」
「私と二人で?湯殿に?」
「だめか?」
少し涙だ目の、沈七を見て、玄夜はあきれ返った。
「はぁ。仕方ない。行きましょう。」
そういうと、さっさと、立ち上がり、
湯殿に向かう。
「玄夜。まってくれ。」
後ろで、師尊が慌てているが気にしない。
そのまま、スタスタと湯殿まで歩いた。
湯気がもくもくと上がる、魔天閣の湯殿は、
室内風呂、露天風呂、両方ありとても広い。
各魔頭と、教主しか入る事はゆるされない。
また、玄夜が入っている時は、貸し切りとなる。
「師尊。先に入ってきて下さい。」
「いや、玄夜が先に・・・」
「師尊」
「わ、わかった。」
そそくさと、湯殿の中に向かう沈七を見て、
玄夜は思った。
なんだ、これはと。
高要から報告は受けている。
宝物殿の前。
下女二人。
そして沈七。
三人で悲鳴を上げながら逃げたらしい。
玄夜は思わず額を押さえた。
師尊であれば。
絶対にありえない。
あまりに、らしくない。
悲鳴を上げるなどありえない。
剣で刺されたとしても、黙って耐えるお方だ。
それを幽霊如きで。
最早笑いすら漏れる。
「あはははは。はは・・・・・っ・・・」
これまで、数多く師尊を名乗る奴はいた。
伝説の薬仙。
最悪の毒王。
どちらの師尊も、有名で、名声を借りて金儲け
しようとする奴らが、たまに現れる。
だから、その度に、確認した。
その結果、全て偽物。
偽物は、すぐに殺した。
師尊の真似をするなんて、万死に値する。
まさか、今回もなのか?
ただ、沈七は、本物と言うには、偽物のようで、
偽物にしては、本物らしい。
訳がわからない。
最初は、あまりに自然に、沈清月だと言うから、
すっかり信じてしまった。
しかし、時間を共に過ごす間に、
小さな違和感が降り積もった。
自分の知っている師尊とは違う。
彼は、いったい何者なのか。
玄夜は、物思いに沈んだ。
~~~~~~
湯殿の中で、沈七はようやく一息ついた。
本当に、怖かった。
昔から、怖いテレビ番組とか苦手だった。
見てしまうと、夜は、眠れなくなることもあって、よく母の布団に潜り込んでいた。
こんな風に、ちょっとした出来事で、
母、父、妹の事を思い出す。
もう、二度と会えない。
なぜ、自分だけ、この世界にまた迷い混んだのか。
いつになったら、穏やかに暮らせるんだろう。
周りに誰もいない事を確認する。
監視、高要、玄夜。
流石に、湯殿の中までは見ていない。
もう、そこまでは警戒されていないようだ。
前は、見られていた。
そっと、顔に手をかける。
人皮面具を外した。
柳寒舟。
水面に写る顔を見る。
少し癖のある、黒髪に、何か企んでいるかのような、微笑みが浮かぶ。
美形ではある。
なんというか、蛇のような狡猾さがある顔つきだ。
昔は、もう少し柔らかかった気がする。
なぜ、こんなことに。
改めて、思う。
私は、どうしてここにいるんだ?
湯気がゆっくりと立ち昇る。
答える者はいない。
この世界に戻ってから何度も考えた問いだった。
そして今日も。
答えは見つからなかった。
ふぅ……
一つため息をついて、湯から上がる。
湯衣を手に取る。
袖がふわりと顔の前ではためいた。
次の瞬間。
そこにいるのは、
もう沈七だった。
その日の夜。
沈七は珍しく自分の部屋へ戻った。
いつもなら。
玄夜は何かしら理由を付けて引き留める。
だが、その日は違った。
「お休みなさい。師尊。」
ただ、それだけだった。
沈七も気にしなかった。
玄夜も理由を考えなかった。
けれど。
それからというもの、
二人が同じ寝台で眠ることはなかった。
~~~~~~~
宝物殿の奥には、
一張の七弦琴が安置されていた。
月光を浴びた七弦琴が、静かに佇んでいる。
師尊の霊器。
『歌清』
師尊が、霊器として琴を使っているのは、見たことがない。
でも、月が出ている夜には、
師尊の奏でる琴の音がよく聞こえていた。
温かくて、なんだか悲しい。
少し寂しくなる音色だった。
懐かしい。
玄夜は、そっと白い木肌を撫でる。
ふと、
この霊器であれば、
師尊を確かめられるのではないかと、思った。
師尊は、この琴をとても大切にしていた。
一方で、人前で奏でる事は、ほとんどなかった。
偽物であれば、この琴の事を知らないはずだ。
そして、なにより、歌清が、師尊の事を見誤る筈がない。
師尊が、奏でると、光が舞うように、霊力が
迸っていた。
かならず、反応があるはずだ。
試してみる価値はある。
玄夜は自嘲気味に笑った。
結局。
自分も確かめたいのだ。
信じたいのか。
疑いたいのか。
それすら分からないまま。
悲しい
間違って投稿しました。
なので、間の話も、投稿しました。
読んでくれた方、飛んでしまってすみませんでした。




