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薬仙の帰還  作者: 夏目葵
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第21話 夢から醒める時



「妹を助けて下さい。お願いします。」


「ちっ、汚いガキめ。病が移るから、近づくな。」




小さな町。


もう、名前も忘れた町に、


十才の玄夜は、妹と2人で暮らしていた。


日々、食べる物もないような、そんな生活。


でも、妹と一緒なら、幸せだった。


毎日、日雇いの仕事をして食いつなぐ。


親のいない子供は、まともな仕事などあるわけもなく。


戦で死んだ人を埋めたり。


ごみや、ドブの掃除をしたり。


それでも、玄夜はまだ良い方だった。


中には、足や手を失い、物乞いをするしかない子供もいたから。


そんなある日の事だった。


妹の顔に、小さな赤い発疹ができた。


最初は、虫刺されかと思ったけど、

それは、どんどん広がり、可愛かった顔は

見るも無惨になった。


「どうか、妹を助けて下さい。」


玄夜にできるのは、町行く人に助けを求める事だけだった。


医者にかかるお金もない。


毎日、毎日。


助けを求めた。



「お兄ちゃん。もう、いいよ。」



崩れかけの馬小屋で寝ている時、


妹が言った。


「私がいなければ、お兄ちゃんは、きっと、働く所も見つかって、幸せになれるよ。」


「なんで、そんな事をいうんだ?お前がいなきゃ、俺も生きていけない。」


「私はね、今までちゃんと幸せだった。お兄ちゃんが、守ってくれたから・・・・っ」


ゴホゴホ、ゴボッ


血。


咳と共に、大量の血を吐いた。


「・・・!ま、まってろ、絶対に助けるから。」


玄夜は、再び町に駆け出した。


お願い、神様。


どうか、どうか。



ひらり。


衣の裾が見えた。


白。


全身が白。


衣も、髪も。



神仙。


幼い玄夜には、そう見えた。


「お願いです。助けて。妹を助けてください。」


裾にしがみ付く。


俺は、殺されてもいい。


だから、妹を助けて。


「あなたの妹は、どこにいるんですか?」


「えっ!」


思わず、顔を上げる。


そこには、美しい銀青色の瞳。


「すぐ案内してください。」


「こ、こっちです。」


白衣が汚れるのも構わず、彼はついてくる。


「ここです。」


今にも崩れそうな馬小屋に、男は躊躇なく足を踏み入れた。


鼻を突く血と膿の臭い。


町の者たちが近寄ろうとしない理由は、一目で分かる。


男は妹の傍らに膝をつき、静かに脈を取った。


額に手を当てる。


呼吸を聞く。


そして、閉じかけた瞼をそっと開いた。


長い沈黙。


玄夜は固唾を飲んで見守った。


「妹は……」


声が震える。


「助かりますか?」


男は答えなかった。


薬箱から幾つかの薬草を取り出し、素早く調合していく。


煎じ薬を作り、妹の唇へ流し込む。


苦しそうだった呼吸が、ほんの少しだけ落ち着いた。


ようやく男は顔を上げた。


銀色の瞳が玄夜を見る。


その目は優しい。


だが、その優しさが玄夜には怖かった。


「助けたい。」


玄夜の顔が明るくなる。


だが次の言葉が続かなかった。


男は一度目を伏せる。


そして静かに言った。


「ですが、もう遅い。」


世界が止まった。


「そんな……」


「私があと数日早く来ていれば、結果は違ったかもしれません。」


男は嘘をつかなかった。


だからこそ残酷だった。


「今の私に出来るのは、この子の苦しみを和らげる事だけです。」


玄夜は拳を握った。


悔しかった。


苦しかった。


目の前にいる男は神仙のように見えたのに。


妹を助けてくれると思ったのに。


それでも。


男は帰らなかった。


薬を煎じ。


妹の身体を拭き。


苦しそうに咳き込めば背を支えた。


夜になっても。


朝になっても。


ずっとそこにいた。




2日後


妹は、死んだ。


白衣の男、沈清月は、妹を丁重に弔ってくれた。


その後、沈清月は宿をとった。


俺を宿に入れると、店主に倍のお金を払う。


そして、俺を風呂に入れた。


風呂に入り、丁寧に洗われていると、


急に涙が出た。


つぎから、つぎに、止めどなく。


そっと、頭をなでられる。



「よく、頑張ったな。」


「ゔゔ、ひっく」


そっと、抱き締められる。


その温もりに、優しさに、再び涙が込みあがってきた。


「玄夜、お前は、泣き虫なんだな。」




それから、さらに数日経った頃、

鏡を見ていると、俺の顔にも赤い発疹ができていた。


「・・・・あっ。」


死ぬ。


俺も、死ぬんだ。


瞬間、絶望が支配する。


「玄夜、どうした?」


「こ、これ。」


発疹を見ると、沈清月の顔色が変わった。


「ちょっと待っていなさい。」


机の上で薬草を煎じはじめた。


暫く、ゴリゴリという音が響く。


そして、おもむろに小刀を手にした。


・・・何をしているんだ?


途端、シュッと手首を切った。


ボタボタと垂れる赤い血。


煎じた薬草に、自らの血を垂らした。


「何をしているんですか?」


「私の血は、霊薬なんだ。昔飲んだあらゆる毒、薬の影響でそうなっている。今は、必要な薬草がないから、補うため血を使った。」


「なぜ、そこまでしてくれるんですか?」


「・・・似ているからだ。昔の私に。」


「ほら、少し気持ち悪いかもしれないが、飲みなさい。」


薬湯を渡される。


思い切って、ぐいっと飲む。


苦い。


とても苦い。


「苦いだろ。ほら。」


口の中に飴を放り込まれる。


「はちみつアメだ、美味しいだろう。」




翌日には、発疹は綺麗に消えた。


こんなに、簡単に治るなんて。


聞いたらいけないと思いつつ。


ついつい、沈清月に聞いてしまった。


「なぜ、妹には、血を使って下さらなかったのですか?」


「・・・使った。でも、間に合わなかった。すまない。」


「いえ、ありがとうございます。」


彼が、最善を尽くしてくれたのは、分かっている。




それから、さらに一週間。


町の宿で沈清月と暮らした。


服まで、用意してくれた。


何度、どうしてなのかと聞いても、

似ているからとしか、教えてくれない。


彼は、いったい何者なんだろう。


窓枠に腰掛け外を見ている沈清月。


さらりと風に揺れる銀髪。


長い睫毛。


美しい。


はじめて、人に見とれた。



別れは突然やってきた。


ある日の朝、机に置き手紙が置いてあった。


傍らには、お金のたっぷり入った銭袋。


そして、彼は姿を消してしまった。



~~~~~~



一面の麦畑。


黄金の穂がゆれる。


15歳の玄夜は、師尊と一緒に患者の元に向かう途中だった。


一軒の茶屋。


師尊と玄夜は、そこで休息を取っていた。


「師尊、お好きな物はありますか?」


「特にない。」


「私は、この饅頭が好きです。」


「ならば、私の分も食べなさい。」


そっと、玄夜の方に、饅頭の皿が押し出される。


「ありがとうございます。」


「ゆっくり食べなさい。」


もぐもぐ


「あの、師尊は、家族がいるんですか?」


「私には、家族はいない。でも、お前たち弟子が、今は私の家族だ。」


「師尊~」


「玄夜、食べたのなら、先を急ぐぞ」


ひらりと、白衣を翻し去っていく師尊の後ろ姿。


俺は、遅れないよう、慌てて追い掛けた。


ザザアザザア


と、稲穂が揺れる音だけが、響いた。








~~~~~~~~~




はっと、目を開ける。


「ここは・・・・」


「う~ん、むにゃむにゃ」


隣に眠る黒髪の男。


師尊。


沈清月。


夢だったのか。


随分と懐かしい夢を見た。


気付かれないよう、そっと、師尊の頬をなでる。


平凡な顔。


安心しきっている、無防備さ。  


師尊は、いつからこんなに、穏やかに

なったのだろうか。



「んっ、あれ玄夜。先におきていたのか。」



「師尊、おはようございます。」



師尊が、居るだけで幸せだ。


長い間、求めてきた温もり。


満たされる思いがした。



「玄夜?どうしたんだ?」


「いえ、何でも。よかったなぁと思って。」


「よかった?」


「師尊が、見つかって。死んでいると思っていたので。」


「・・・・」


「ずっと、疑問があったんです。師尊はここに居るのに、師尊の身体は私が保管してあります。師尊は、生まれ変わったのですか?」


「・・・・あ、保管?」


「はい。生前の姿のまま、保管してあります。」


「・・・・はは、まぁ、私は、生まれかわった。みたいなものだな。」


「やはり、そうでしたか。そうではないかと、思っていたんです。」


「・・・・・・・」


玄夜、私の身体を・・・


以前見た夢が、頭をよぎる。


まさかあれは、夢ではないのか?


・・・あとで、詳しく聞かなければいけないようだ。



「師尊、朝餉にしましょう。」


「そうだな。」



二人はもそもそと寝台から、

這い出した。


玄夜は、ふぁっと欠伸をしている師尊の

着替えを手伝う。


昔も、こうやって手伝っていた。


前衣を整え、いつもの白色の服を着た沈七が出来上がった。


玄夜は、沈七を上から下まで眺めた。


あれ、師尊に、似合うと思ったのに。


「ちょっと、色合いを選び間違えたみたいです。」


「・・・そうだろうな。自分で選ぶよ。」


師尊は、箪笥の中をごそごそやっている。


そして、地味な柳色の衣を取り出した。


さっと着付けをしていく。


「ほら、やっぱりこっちの方が、私には似合う。」


確かに。


似合っていた。




玄夜はしばらく沈七を見ていた。


夢の中の師尊。


麦畑。


茶屋。


白衣。


不意に、昔の記憶が懐かしくなった。


「師尊。」


「ん?」


「今日は町へ行きませんか。」


「町に?」


「昔の事を思い出したんです。」


「そうか。楽しみだな。」


久しぶりに町へ行ける。


やっと、崑崙閣の楊店主にも挨拶できそうだ。


本当は、また働きたいけど。


玄夜のこの様子だと、それはまだ無理そうだ。



















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