第15話 確信
それから数週間後。
ついに、裴玄夜の怪我は、完全回復した。
朝、いつもの脈診を行いながら、沈七は告げた。
「んっ、脈を見た限り、もう問題なしですね。」
「そうか。」
「退院です。薬もこれが最後です。」
そっと茶碗を渡す。
「やっとか、苦くて大変だったんだ。」
ごくごく
「はい。はちみつ飴です。」
「うむ。」
裴玄夜は、いつも通り最後に飴をもらった。
・・・子供か?と自分で思いながら。
懐かしいくて、ついつい普通に貰ってしまう。
師尊も、いつも薬の後に飴をくれたから。
くれる飴は、手作りなのか。
飴の味さえ一緒だ。
「ようやく、町に帰れますね。楊店主が心配しているようなので。」
「・・・?!」
帰る?そんな、まさか。
「裴兄どうかしましたか?」
「・・・まだ、少し痛むのだが。きちんと診てくれているのか?」
「本当ですか?おかしいなぁ。本当に良くなってるのに?もう一度、見せて下さい。」
玄夜の腕を取って、
「うーん、どしてなんだ?」
と首を傾げる沈七を見て、
密かに安堵した。
・・・まだ、治りたくない。
午後。
会議が終わり、部屋に戻ってくると、
沈七が、荷物を纏めている。
「何をしている」
「もう、朝から夜まで監視している必要は、ありませんから。隣に部屋を用意してもらいました。」
「私は、まだ痛むのだが。」
「はい。なので、もう数日留まるつもりです。」
「・・・・」
「今まで、窮屈だったでしょ。ずっと、見張っていましたから。お疲れ様でした。」
沈七は笑った。
本心からそう思っているのだろう。
裴玄夜は視線を逸らした。
窮屈だった?
違う。
むしろ逆だ。
朝になれば姿が見える。
薬を持ってくる。
勝手に脈を取る。
勝手に説教する。
そして夜になると、
香の香りが部屋に残る。
それがいつの間にか当たり前になっていた。
「裴兄?」
「・・・いや。」
沈七は荷物をまとめ続ける。
「実は、」
沈七が振り返る。
「楊店主から何度も手紙が来ていました。」
「・・・。」
「早く帰って来い、と。」
「そうか。」
「人気店ですからね。」
沈七は嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、
裴玄夜の機嫌はさらに悪くなった。
楊店主。
夜陵城。
崑崙閣。
そこには沈七の居場所がある。
だが、月影教にはない。
少なくとも沈七はそう思っている。
だから当然のように帰ろうとする。
当たり前だ。
ここは、魔天閣。
すご腕の薬師とはいえ、一般庶民のいる所ではない。
でも・・・・
もうすでに、
沈七が側にいて、
あの香の香りがしないと、
眠れない。
~~~~~~~~
ある日の事。
沈七は、魔天閣をぶらぶらしていた。
裴玄夜も治り、手伝える事もなく。
暇だった。
でも、玄夜が謎の痛みを訴えるので、すぐに帰るわけにもいかない。
「はぁ、暇だな」
コツン
足に何かが当たった。
剣だ。
まだ新しい剣。
「なんで、こんな所に?」
拾ってみた。
神剣とまではいかない。
でも、すでに剣霊が宿っている。
名剣なのは間違いない。
「はぁ、凄いな。どんな名匠が作ったんだ。」
そういえば、沈七は日本にいたころから、35年。
しっかりと剣を振るったことがない。
昔、薬仙時代は、よく使っていた。
無名剣は、元気だろうか。
遠くに気配はするけど、必要ないからよばなかった。
「暇だし、久々に修練するか。」
ほんの気まぐれで、剣を構える。
失敗したら恥ずかしので、キョロキョロと周りを確認。
誰もいない。
「ふぅ・・・」
呼吸を整え、一閃。
瞬間、世界が音を失った。
続けて、踊るように、また一閃。
魂が覚えている。
剣と一つになったような感覚。
昔に戻ったように、研ぎ澄まされていく。
ガッ
「あ。やっぱり、この剣だと陽気が強すぎるな。」
ちょっと、失敗した。
恥ずかしい。
キョロキョロ。
よかった、まだ誰もいない。
「見られなくてよかった。」
「この剣、高要さんにピッタリだな。もっててあげよ。」
ふぁ~あ
暇だな、あくびでる。
スマホもテレビもゲームもないし。
厨房にいっても邪魔だろうし。
昼寝でもするか。
~~~~~~~
「君上。業鉄鍛冶屋から、新人魔人用の剣を購入しましたが、一振の剣が逃げ出しました。」
「剣がか?」
「おそらく、業鉄様が直接打った剣が混じっていたようです。」
「・・・・さすが、業鉄だな。」
剣霊。
剣の意思。
名剣には、だいたい宿っているが、そう簡単に作れるものではない。
それを、新人用の剣に混ぜるとは、変わったを通り越し、頭の可笑しなやつだ。
・・・少し、誰かに似ているな
取り留めもない事を考えながら、回廊を進む。
ふと、外を見ると、沈七があるいていた。
暇そうに、ぶらぶら。
どんな時も、姿勢よく粛々と歩いていた師尊とは、全く違う。
ふと、沈七が屈み、剣を拾った。
じ~っと、剣を見つめている。
あれは、業鉄の剣ではないか?
先ほど報告があった、剣霊が宿った剣。
沈七は、何を思ったかすっと剣を構まえた。
「だ、だめだ!」
沈七が高い境地にいるのは、知っている。
しかし、剣を持っているのは、見たことがない。
剣霊を宿した剣を無闇に抜けば、霊気が逆流し走火入魔になっても、可笑しくない。
止めようと、一歩踏み出した時だった。
空気が振るえた。
剣が鳴く。
一閃。
舞のように優雅。
その瞬間。
裴玄夜は息を忘れた。
徐々に激しさを増す剣筋。
圧倒的。
ガッ
一瞬剣先がぶれた。
「あ。やっぱり、この剣だと陽気が強すぎるな。」
途端に、今までの雰囲気が霧散する。
ふぁ~とあくび
何事もなかったように、
ふらふらと遠ざかる沈七。
今のは、いったい。
師尊。
師尊そのものだった。
その姿勢。
ふとした、癖。
剣筋。
すべて、そのまま。
最後にみた師尊の剣。
その続きのようだった。
師尊は、今だ羅城の間にいるはず。
いったい、どうなっている?
身体が震える。
ドクンと心臓が大きく鳴った。
期待してはいけない。
何度もそう思った。
それでも――
「師尊・・・」
気付けば、その名を呼んでいた。




