表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薬仙の帰還  作者: 夏目葵
13/38

第13話 知らない

玄夜は、沈七に支えられ、庭園の東屋に座らされた。


「お疲れ様でした。久しぶりに歩いて疲れたでしょう。」


慣れた手つきで、お茶の用意をする沈七。


二人分のお茶を入れ、一杯分を手に取る。


そのまま渡されるかと思ったが、懐から扇子を取り出し、茶をパタパタと仰ぎはじめた。


「何をやっている?」


「冷ましてます。」


「なぜ?」


「熱いの苦手じゃなかったですか?」


それは、子供の頃の話だ。


大人になった今は、熱いものも飲める。


「・・・・なぜ、そう思った?」


「いや、なんとなく。熱くて大丈夫ですか?」


「冷ましてくれ」


「ほら、やっぱり。」



パタパタ


ああ、また似ている。


師尊も、そうやって冷ましてくれた。


ただ、師尊の場合は、氷攻で一瞬だったけど。




「どうぞ。」


ずずっと茶を飲む


丁度いい。深みがあって美味しい。


流石、茶を入れるのも上手だな。




気持ちいい風が庭園を駆け抜ける。


静かだった。


誰もいない庭園。


竹の葉が擦れる音。


茶の香り。


隣には沈七。


不思議と落ち着く。


こんな時間を過ごしたのは、いつ以来だろう。


ふと。


幼い頃の記憶が過る。


師尊と二人で茶を飲んだ午後。


それによく似ていた。


隣で茶を飲む沈七。


黒い髪が、風で靡く。


一瞬、黒髪が銀髪に見えた気がした。


「ずっ、ごほごほ」


「・・・」


「ごほごほ、変なとこに入りました。」



「・・・・・」





~~~~~~~~



夜更け。


魔天閣は静まり返っていた。


昼間の喧騒が嘘のように、人の気配がない。


玄夜は隣の寝台へ視線を向けた。


沈七はすでに眠っている。


布団を半分蹴飛ばし、無防備な寝顔を晒していた。


昼間はよく喋るくせに、眠ると驚くほど静かだ。


玄夜は小さく息を吐く。


起こさぬよう立ち上がり、そっと部屋を後にした。


長い回廊を進む。


魔天閣の最奥。


誰も近付かない場所。


羅城の間。


教主以外の立ち入りを禁じた部屋。


重い扉を開くと、ひんやりとした空気が流れ出した。


室内には幾重もの陣が描かれている。


その中心。


白玉で作られた寝台の上に、一人の男が眠っている。


銀の髪。


雪のように白い肌。


長い睫毛。


まるで今にも目を開きそうなほど美しい。


時だけが、この部屋から切り離されていた。


玄夜はゆっくり近付く。


そして寝台の脇に膝をついた。


「師尊。」


返事はない。


当然だ。


それでも。


玄夜は毎回同じように呼びかける。


「私は、また失敗しました。」


静かな声だった。


誰に聞かせるでもない。


ただ、ここでだけは弱音を吐けた。


「あと少しだったのですが。」


銀の髪へ手を伸ばす。


指の間をさらりと流れていく。


冷たい。


何年経っても変わらない。


「不出来な弟子を、お許しください。」


玄夜は苦笑した。


昔からそうだった。


師尊の前では格好がつかない。


しばらく黙り込む。


耳が痛くなるような静寂。


やがて玄夜はぽつりと呟く。


「前に話した、変な奴憶えてますか?」


銀髪の男は眠ったまま。


「沈七といいます。」


自分でも、なぜこんな話をしているのか、

分からない。


それでも。


なぜか報告したくなった。


「おかしいでしょう。」


玄夜は視線を落とす。


「似ているんです。」


沈七の笑い方。


茶を淹れる仕草。


何気ない気遣い。


今日もそうだった。


熱い茶を冷ましていた。


子供扱いするように。


昔の師尊と同じように。


「貴方に。」


玄夜は自嘲気味に笑った。


「もちろん別人です。」


当たり前だ。


師尊はここにいる。


目の前に。


ずっと、変わらず眠っている。


沈七であるはずがない。


なのに、時々。


沈七を見ていると胸が騒ぐ。


説明できないほど。


懐かしい気持ちになる。


「変ですね。」


誰にも言えない言葉だった。


玄夜は最後にもう一度銀髪へ触れた。


「また来ます。」


その声は優しかった。


「おやすみなさい、師尊。」


立ち上がる。


扉へ向かう。


部屋を出る直前。


玄夜は振り返った。


銀髪の麗人は静かに眠り続けている。


まるで。


今にも目を開きそうな姿のまま。


玄夜は知らない。


その頃。


隣の棟では。



沈七が寝返りを打っていた。


「……寒い。」


布団を探してもぞもぞしている。


本人は知らない。


自分が今、


毎晩会いに来られていることを。


そして。


自分の亡骸に向かって、


弟子が何年も話しかけ続けていることも。


まだなにも知らない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ