第8話 病院にオバケが出たくらいで騒がないでください
今回のエピソードのタイトルをご覧になり、病院が舞台のおどろおどろしい心霊話を期待され、読んでみようかと思ってくださった方がいらしたら、
ごめんなさい。
これからの文章には身の毛もよだつ怖い話は出てきません。
今回のエピソードでは病院にまつわる心霊の話をいくつか書いております。が、どれも良からぬ風評が立たないよう細心の注意を払いながら書きました。
病院の運営を妨害したり、あるいは病院にいて健康のためがんばっている患者さんの足を引っ張る意図はもちろん一切ありません。
なのでこの先、スキャンダラスなオバケは一匹も登場しません。
一般に病院という場所は、幽霊やオバケの話がとてもよく聞かれます。
ところが、10年に及ぶ帯津病院での勤務を通じ、私は一度として霊体験その他いかなるタイプの超常現象も“直接”見たことはありませんでした。
長い10年という月日の間には夜勤に駆り出されたこともあります。誰もいない真っ暗な外来病棟で一人寂しく夜を過ごしたこともありました。そんな心細い丑三刻でさえ、暗がりから誰かがすすり泣く声を聞いたことはもちろん、原因不明のラップ音一つ聞いたことはありませんでした。
帯津病院にオバケはいないと断言できます。
ただし、オバケを見る人はたくさんいました。
これはやむを得ないことです。
とてもたくさんの人が出入りする総合病院の性質上、オバケを見たと主張する人が出るのもしかたのないことで、多勢いれば中には必ず霊感の強い人もいます。そのような人が病院に来ると、どうしても「見た」とか「出た」とか言いがちです。
だからといって病院が心霊スポットになるわけではありません。
あくまでも、帯津病院は心霊スポットではありません。念のため。
だいたい霊感の強い人というのは、病院に限らずどこへ行ったって「見た」だの「出た」だのすぐに言い始めるもので、その言葉にいちいち付き合っていたら地球上のありとあらゆる場所がもれなく全部心霊スポットになってしまいます。
ここは心霊スポットだ、と自信をもって言えるためには、私たちのような霊感のない人間が実際に「見た」とか「出た」とか体験することが必要だと思います。
霊感ゼロの人間でも幽霊を見てしまうのなら、あるいは霊感なんてまったく感じたこともないのに目の前にオバケが出てしまったのなら、しかたない、その場所は心霊スポットと言えるでしょう。
幸いなことに、私を含め霊感のない人間で、帯津病院に幽霊オバケの類を見た人は一人もいませんでした。
では今回なぜ病院と幽霊について書こうとしているのかと言いますと、それは幽霊は怖くないと伝えるためです。
今もし病院に縁があって、奇跡的にこのエッセイを読んでくださる奇特な方がいらっしゃるとしましょう。さらにその方が万が一病院には付きものの幽霊話に震えて夜も眠れないとしたら。
そんな方が今回のエピソードを読んで、少しでも気持ちが軽くなるようにと願って書きました。
あれはまだ帯津病院が古い建物だった頃のこと、新病院を建築し今の場所へ移転する前のお話です。
昭和に建てられた旧病院の大部屋の病室には「合わせ鏡」がありました。部屋の外の廊下に設置された洗面台の鏡と、大部屋へ入った突き当たりの窓の柱に設置された洗面台の鏡とが、ちょうど向かい合わせになっていたので、病室の扉を開けると2つの鏡は見事な合わせ鏡となりました。
合わせ鏡というのは、昔から不吉なものとされています。鏡と鏡を向かい合わせると、そこにあの世とつながる扉が開き、死んだ人の魂や霊、鬼やその他あちらの世界の魔物たちがやってくると言われているからです。
このエッセイを発表しているこちらの「小説家になろう」サイト的に言えば、異世界への扉が開くとでも言えるのでしょうか。
「なんでこんなところに合わせ鏡があるのよ!」
「気持ち悪い!」
「ねえ!合わせ鏡が不吉だって知らないの!」
患者さんからずいぶん苦情を聞きました。
帯津病院に入院した患者さんはまず最初に合わせ鏡について文句を言うのが慣わしのようにもなっていたくらいです。
ところがどんなに苦情をおっしゃる方でも実際にその合わせ鏡から鬼、オバケ、幽霊、魔物などが出てきたのを見たという人はいませんでした。
私の知る限り、一人を除いて。
その人は60代の落ち着いた女性で、肺がんが腰の骨に転移して足が動かなくなり寝たきりになっていました。とても物腰の柔らかな穏やかな人です。
「入院生活はどうですか?」
世間話に聞くと、女性は首を傾けてしばらく考え、静かに口を開きました。
「夜は、少しにぎやかね。」
そこは四人部屋で、他の患者さんが夜中に騒ぐのかなと部屋を見回してみました。みなさんおとなしそうに見えましたが、夜になると誰だって不安になるもので少し騒ぐのかもしれません。
「中元さん、合わせ鏡って知ってる?」
「はあ。」
「そこに合わせ鏡があるじゃない?その間を、夜になるといろんな霊が大勢行ったり来たりして行進するの。それはもう大変な騒ぎ。眠れないで困っているのよ。夜の看護師さんにはそこの扉を閉めてくださいといつもお願いしているのだけど、忙しいのね、時々開けっぱなしにして行っちゃう。そうするともうたくさんの霊が行ったり来たりして。」
「⚪︎⚪︎さんは霊感の強い方で?」
「そうなの。」
この患者さんに霊を恐れている様子はまったくありませんでした。霊が時々現れることは、霊感の強いこの方にとってはごく普通のことなのでしょう。
他の霊感の強い人に聞いたことがあります。霊もまた元は人間なのだから、特別な存在ではない。例えば私たちが普段新宿駅でたくさんの人が歩いているのを見て、いちいち「人間がいる!」と驚いたり怖がったり悲鳴を上げたりしないように、霊が歩いているのを見ても何とも思わないそうです。
「霊だって普通に街を歩くだろ。」
ちなみにこの人物に言わせると、実際に新宿駅を歩いてる何万人かのうちの何人かは幽霊だそうです。私たちが気づかないだけで。
こうなると、幽霊も私たちも魂を持っているという点ではまったく同じで、違いといえば私たちの魂はまだ人間の殻をかぶっている、人間という器に入っていることぐらいしかありません。将来的には私たちだってこの殻から出なければならないことを考えると、自分たちも潜在的にはすでに幽霊だといえます。
合わせ鏡の部屋での施術を終え、
「扉は、閉めていったほうがいいですか?」
と聞くと、
「開けたままで大丈夫。昼間は出ないから。」
患者さんは静かに言いました。
合わせ鏡反対!と大騒ぎしている人にこの落ち着きを見せてあげたい。本当に霊を見ている人はそんなに騒がないぞと言ってあげたいと、その時とても感心しました。
もう10年以上も前の話ですが、この患者さんは今もお元気です。地元の主治医からがんはもう治ったと言われたと以前、息子さんが教えてくれました。ただがんが壊した腰の骨は今でも修復途上にあり、まだベッドの上の生活を続けておられます。
帯津病院が古い建物を捨て、新しい病院へ移った直後にも、ちょっとした心霊騒ぎが起こりました。
新病院は4階建でしたが、旧病院は3階建でした。そのため移転後もしばらくの間は3階体制のまま病院は運営され、余った4階の病棟は、準備が整うまで誰もいない無人の状態が続きました。
最近はどうだか知りませんが、当時の病院は縁起を気にして死を連想させる4階や4の付く病室を設けないのが一般的でした。そんな時代でも名誉院長のO先生はそういうことをまったく気にしない人で、新しい病院は4階を5階と無理矢理言い換えることもなく、ちゃんと4階は4階のままでありました。
その無人の4階病棟で、誰もいないのにトイレの水が勝手に流れると噂が流れ始めたのです。
霊が勝手にトイレを使っているのか?
やはり4階は不吉で、5階って言い換えなきゃダメだったのか?
ざわつく私たちにある看護師が言い放ったのが今回のエッセイの表題です。
「病院にオバケが出たくらいで騒がないでください。病院なんだからオバケだって出るわよ。当たり前じゃない。」
「だけど新築だぞ。新築でもオバケは出るのか?」
「新築だって病院じゃん。出るわよ。」
「そんなに病院にオバケが出るって言うなら、◯◯さんはオバケを見たことあるのか?」
「ない!」
その後、調査をすると、当時の最新式のトイレは故障防止のため定期的に自動で水が勝手に流れるようになっていると判明しました。
看護師の中にももちろん霊感の強い人はいました。
一般に看護師業界は霊感が強いと主張する人の多いところですが、その看護師は、行ったこともない同僚の部屋のレイアウトから物の置き場所まで言い当てたそうなので、確かに何らかの不思議な力を持っていたのかもしれません。
ある朝、私がナースステーションで患者さんのカルテを読んでいると、夜勤明けのその霊感看護師が後ろから覗き込んできました。
「この患者さん、1週間以内ね。」
「何が?」
私はムッとして聞きました。
このカルテの人物は1週間以内に亡くなるだろうと言うのです。
お断わりしておきます。
病院に入院している人で、もうまもなくお亡くなりになるだろう人は、別に予知能力など特殊な能力がなくても誰でも見たらすぐにわかります。
こういった患者さんにモリモリ食べて元気に飛んだり跳ねたりしている人はまずいません。本人を含め誰が見たって「ああ、もうまもなくだ」というご様子になってしまったがために、皆さんしかたなくご入院されています。
にもかかわらず、病院のスタッフがわかりきったことをあたかも「自分だけが何でも知っています」というふうに上から患者さんについて語ると腹が立ちます。
「何が?」
私はムッとして聞き返しました。
「1週間以内にこの患者さんは亡くなるね。」
「何でわかる?」
「だって昨日お迎えが来てたから。」
「お迎え?」
「昨日の深夜、病室の前に座ってた。あれが病室の前に座ってたらもう1週間以内。」
「何が座ってたって?」
すると彼女は声を小さくして言いました。
「死神。」
声こそ小さくしたものの、彼女にとって死神なんて別にたいした問題ではないのか、蚊が飛んでた程度にさらっと何気なく言いました。
「死神?」
私が驚くと、
「そう。だからもう1週間ともたない。死神が来たら誰でも1週間以内には必ず亡くなるから。」
などと言います。
「だけど。何でそれが死神ってわかった?病室の前に誰かが座ってたとしても、どうしてそれが死神だってわかるんだ?」
「だってわかるわよ。」
「だからなんで?」
「だって、黒いマントを頭からすっぽりかぶって、こ〜んな大きな鎌を抱えていたから。」
そう言って彼女は、身長ほどの長い棒とその先に付いた三日月状の大きな刃の形を空中に手でなぞってみせました。
そんな漫画みたいな死神が本当にいるのか?
開いた口が塞がりませんでした。
その患者さんが実際に1週間で亡くなったかどうかは覚えていません。
私が覚えていないところをみると、亡くならなかったのだと思います。本当に予言通りになっていたら、驚いて覚えているはずですから。
どちらにしてもつまらない戯言です。
霊能力があると主張する人の中には、普通の人には見えないものが見える人も確かにいると思います。
死神の彼女も嘘をついているとは思いません。
真夜中の病院の廊下に『何か』を見たのは本当でしょう。
だけど、このタイプの人と話していて感じるのは、どうやら見たものを一度、頭の中にある自分の知識と思い込みのフィルターを通してから私たちに語っていることです。本人は見たものをそのまま語っていると思っていても、実際はそのままではなく無意識に加工した事実を語っているように思えます。
おそらく死神の彼女も、病室の前に黒い影のようなものを確かに見たのでしょう。問題はそれを自分の知識と言葉の範囲内で独自に判断して、死神だと思い込んだ点にあります。
前世(過去世)が見えるという女性も病院で働いていたことがあります。
彼女もまた見えた事実を正直に語っていると信じます。とても嘘つきには見えませんでしたから。
ただこれこそ彼女の知っている歴史の知識の範囲に大きく影響されているように思えました。彼女の見える前世には、あまりにもたくさんのお姫様と武士が登場し過ぎでした。ほとんどすべての病院スタッフが、自分が元可憐なお姫様か元勇敢な武士と知り、ニコニコしていました。でも人口の99%が農民の時代に、そんなにたくさんのお姫様や武士がいたでしょうか。
ところが私の鍼灸の同僚だけは、前世が『汚ねえ女郎』だったと言われていました。
まだ二十代後半の太った男でしたが、あまりにも見事に彼の特徴を言い表しているので、みんな腹を抱えて笑いました。まさに見たまんまでした。
女郎のような男。彼がどのような風体をしていたのかをここに記述することは蛇足であり、文字の無駄使いにもなるので省きます。ご想像にお任せします。
私も前世を見てもらいましたが、私のは見えなかったそうです。ただ先祖と思われるたくさんの顔がうれしそうに私の周りで笑っているのが見えたそうです。
「この仕事をしているのをみんなとても喜んでいる。」
彼女は言いました。
これを思い出すと心が苦しくなります。
自分はそのうれしそうな顔たちの期待に応える仕事が今できているだろうか?
前世が女郎だった方がよほど気が楽です。
話を変えます。
その女性の入院患者さんは、ナースからの依頼で施術に入ることになりました。本人はとてもじゃないが鍼灸を受けてみようかなどと考える余裕はありません。
「ずーっと怯えてるから。昨日の夜だって5分おきにナースコールを押して『また出たから何とかして!』って。」
担当ナースが眉をしかめて言いました。
「何が出るんだって?」
私も詳しいことは知らなかったので聞いてみると、
「わからない。本人もよくわかってない。とにかくすごいのが部屋にいるって言ってる。妖怪だかバケモノだか亡霊だか鬼だか、いろいろ。何だかわからないけど、怖くてどうしようもないって。すごいのが病室にて怖がらせるんだって。」
「で、何をすればいい?」
「知らない。アタシ鍼灸師じゃないから。とにかく入って。」
病院勤務時代、難しい患者さんが現れるとナースから“とにかく入って”とよく言われたのを懐かしく思い出します。おかげでたくさんの素晴らしい人と出会えました。
鍼灸を医学の一部に加えても良いなら、鍼灸こそ不可思議な現象に悩まされている患者さんにはうってつけの医学だと言えます。見えないモノを見てしまった人を一律に精神科や心療内科へご案内するのは残酷に過ぎます。
私には、病室で恐ろしい“何か”に悩まされている患者さんにも、できることがありました。
と申しますのも、私の鍼灸を定期的に受けに来る外来の患者さんに霊感の強い人がいて、その方に言わせると鍼灸は気の流れが良くなるので、
「体に憑いてしまった霊を洗い流せる。」のだそうです。
施術をしていて霊を落としている実感はまったくありません。まったくないものの、私の鍼灸で(広い意味でも)体調が良くなったと言われれば、悪い気はしません。むしろ霊にも対応可能だと多少の自信を待ちました。
加えて、この怯えている患者さんに入るよう依頼された数日前くらいに、ちょうどたまたま使えそうな知識を仕入れていたこともあり、今回はそれを使ってみようと思いながら、病室のドアをノックしました。
「ひゃあ!」
中から悲鳴が聞こえました。ノックで驚かせてしまったようです。
「鍼灸師です。」
恐る恐る扉を開けると、その患者さんは頭から布団をすっぽり被って震えていました。
「あのう、私は病院の鍼灸師で、何かお困りと聞いて、」
「それよ!それを追い払ってちょうだい!」
患者さんは布団から顔を出さずに叫びました。もう悲鳴のような叫びです。
「どれです?」
「それが見えないの!」
「すいません。私には何も、」
「そこにいるでしょ!そこに!」
患者さんは布団から手だけを出して、イライラと部屋の隅を指差しました。
「恐ろしいのがいるでしょ!どうして見えないの!こんなに恐ろしいのに誰もわかってくれない!魑魅魍魎がいるじゃない!それこそまさに」
患者さんはそれがどれだけそれが恐ろしいかを表現するため、魑魅魍魎の他にも難しい言葉をいくつか使ったと記憶しています。難し過ぎて具体的な表現は忘れました。「バケモノを表現するのにこんなに難しい言葉を使うなんて、この患者さんは学校の先生か何か知的な仕事の人に違いない」そう思いました。「それとも、誰にもわかってもらえないこの恐ろしさを伝えるため、必死になって辞書を開いて難しい言葉を見つけ出したのかもしれない」とも思いました。
「ああ恐ろしい!」
患者さんは怯え、布団の中で震えています。
そこで私はたまたま数日前偶然仕入れた知識を使ってみることにしました。
鍼灸師をやっていると、どうしても患者さんからスピリチュアル(精神世界)について精通していることを求められます。私も嫌いではないので、ずいぶんたくさんのスピリチュアル本を読みました。おかげで霊感もないくせにスピリチュアルの知識だけは何でも知ってる耳年増になりました。それはあたかも、ありとあらゆる性の奥義を熟知していながら、女性とは手を繋いだこともない思春期の男子中学生のようなものでした。
その日も仕入れたばかりのスピリチュアルの知識を披露することにしました。
「怖い怖いとおっしゃいますが、そこにいるのが本当に怖いバケモノなのかどうか、もう一度ご自身の目で確かめてみたらいかがです?」
私がそう言うと、
「…。」
激しい反論が返ってくるかと思いきや、患者さんは黙っています。どうやら布団の中で聞いてくれているようです。
「私の聞いた話では、人が病気になったり大ピンチになると、あっちの世界からお父さんとかお母さんとかおじいさんとかおばあさんとか、その人をとても大切に想ってた人がやってきて、応援してくれるそうです。そこにいらっしゃるのは、もしかしたら◯◯さんの大事な人なんじゃないですか?助けに来てくれたのかもしれませんよ。もう一度改めてよく見てみたらどうです?私もここにいますから。」
厳密に言いますと、私は嘘をつきました。
私が知っていた話は、人が亡くなる直前の話でした。その人が死をとても恐れていると、あの世から両親とかご先祖様がやって来て、『こっちの世界は怖くないよ。とても良いところだよ』と安心させてくれるというお話です。
だけど、今をがんばって必死に生きている人に、もうすぐ死ぬ人の話やあの世の話なんてとてもできません。多少のアレンジを加えて話しました。
私が話し終えると、しばらくしてから患者さんの顔がゆっくりと布団の中から出てきました。
深い眉間のシワ、不信感でいっぱいの怯えた目、血の気のない黒く乾いた顔色。
布団から現れた患者さんの視線が、私の顔を一度キッと睨んでから、ゆっくりと恐る恐る、先ほどご自身で指を差した病室の隅へと移り、数秒その場所に目を凝らしたあとのことです。
その時に起こったことを、私は今でも忘れることができません。
患者さんは部屋の隅に目を凝らすと、突然表情がハッと驚きました。患者さんは確かにそこに何かを見たのです。
すると、みるみるうちに彼女の黒い顔がバアッと明るく変わりました。顔全体に血の気がよみがえり、頬が赤く染まりました。眉間のシワは消え、目を大きく見開いて、瞳は病室の隅を見つめたまま喜びでキラキラと輝いています。やがてその両方の目からポロポロと涙がこぼれ落ちてきました。患者さんは涙を拭おうともせず、ずっと同じ場所を見続けていました。
口元にはとてもうれしそうな笑みが浮かんでいました。
それを見て私も驚きました。
何が起こったのだろう?
少なくともこれは恐ろしいバケモノを見た顔ではない。
でも、いったい患者さんは病室の隅に何を見ているのか?
私は彼女に何が見えているのか聞きませんでした。
表情から察すると、彼女が見ているのが懐かしい大好きな何かであるのは間違いないようでした。私は黙って病室から出ました。
この仕事は終わった。
何もやっていないのに、そう思いました。
病室を出てナースステーションを見ると、私に仕事を依頼した看護師が不機嫌そうにこっちを睨んでいます。「あいつもう出てきやがった。さてはうまくいかなかったな」。表情がそう言っています。どうやら怒っているご様子。
説明するのも面倒なので、私はそのままナースステーションとは反対の方向へと歩き去りました。
以後、その女性の患者さんから恐ろしいバケモノの訴えはなくなりました。
この方はそれから穏やかな時間を過ごされたのち、わずか3日ほどで静かに眠るように息を引き取られました。
これは誰も予想しない早さでした。
最後になりますが繰り返します。
帯津病院にオバケは出ません。
それでも時々、不思議なことはありました。
次回、第9回は病院で見た宗教について書きます。
次回はもう少し短くまとめる予定でいます。
今回は長い文章を読んでくださりありがとうございました。




