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がん病棟の鍼灸師  作者: 中元信作


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第5話 がんを克服した人々

 末期がんと宣告されても長い期間元気に暮らしている人はいます。

 だとすれば、そういうがんを克服した人がやってきたことを真似すれば、今がんで悩んでいる人もがんを克服できるのではないかと考えるのは自然の成り行きではないでしょうか?私も病院で勤めながら身近にいた「がんサバイバー」の皆さんをじっと観察してきました。


 ところが、がんを克服した人たちは、みなさんさまざまな治療法や民間療法をやっていて「サバイバーはこれをやりました」という共通の療法は見つかりませんでした。だいたい不幸にもがんで亡くなってしまった人だって、さまざまな療法をやった上で亡くなっています。そうなるとがんを治すあるいはがんの進行を止めるような決定的な療法はないと言えます。

 病院で働く私の先輩であり同僚でもあるO野さんは、私が帯津病院に就職した頃で20年前に大腸がんを克服した経験を活かし、ビワの葉温灸をしながら自らの経験を患者さんに語って聞かせていました。

 O野さんによると、がんを克服するには絶対に抗がん剤をやってはいけない。自分は気功と太極拳とがんに対する考え方を変える、つまりがんは悪いやつじゃないと考えることでがんを克服したと主張していました。

 ただ私たちは知っています。

 O野さんは抗がん剤もおまけに手術もやっています。彼はそれらを経験した上で、絶対にやってはいけないと言っているのですが、別の見方をすれば、 本人は絶対に認めませんが、O野さんのがんは抗がん剤と手術のおかげで良くなったとも言えます。


 治療法に決定的なものがないとすると、がんサバイバーは心の在り方が違うのか?となります。

 帯津病院にはO野さん以外にもがんを克服した人が、ご自分の経験を今現在がんと闘っている人に役立ててもらおうとよく講演をしにきてくれました。

 そういう人は、病気と闘うには「明るく前向きに笑顔で」暮らすことが必要だと説くことが多いようです。本屋で売っている闘病記を読んでも「明るく前向き」という言葉はよく聞きます。

 しかし、末期がんと言われ自分の余命を宣告されてもなお「明るく前向きに」暮らせる人なんているのでしょうか?私はそんな人と病棟で会ったことがありません。「笑わなきゃ」とがんばって引きつった笑顔を作っていた女性の患者さんを悲しく思い出します。

 がんとの闘いは不安との戦いのようなもので、不安に押しつぶされてしまいそうな心をどうやって支えるのかが私の仕事でもありました。ある日、病院の外来ロビーを30年間末期がんをやりながらも元気に暮らしている女性が歩いていたので、どうやったら不安を克服できるのか聞いてみたことがあります。

「⚪︎⚪︎さんはいつ頃不安なく暮らせるようになりました?」

「あんた何言ってるの!不安なんてなくなったことないわよ!今でもずっと不安よ!」

 と怒られました。

 愚問でした。生きるということは不安とともにあるということなのかもしれません。考えてみたら、私もずっと不安の中で暮らしています。

 O野さんだって最初から「がんは友達」と考え、前向きにがんと向き合ってきたわけではないことを私たちは知っています。

 がんを宣告された時のこと、O野さんはまだ医者が話をしているのにふらふらと診察室を飛び出し、待合の廊下で泣き崩れたそうです。

「あんた!しっかりしなさい!」

 O野さんをビンタし励ましたY婦長が懐かしそうに教えてくれました。


 私の見てきたところ、がんを克服した人たちの共通項を挙げるとすれば、みなさんどちらかといえば気の弱い人たちで、自分の感覚に素直に従う人だったような気がしています。何かを始めてみても嫌だなとか辛いなと思えばすぐにやめ、逆にこれは気分がいいということは続ける。体や心が楽な方、楽な方へと流れていく、みなさんそんな印象を受けます。

 それにみなさん楽観的であったような気もします。闘病当時には不安で不安でどうしようもなかったけれども後から振り返ってみると、そんな時でも心のどこか奥底では「何とかなるさ」と感じていた。そんな話を何度か聞いたことがあります。

 がんサバイバーには、O野さんをはじめとして抗がん剤を最後までやり切った人はあまりいないのではないでしょうか。逆に、帯津病院には道場があってそこでは気功や太極拳を患者さんと一緒にやるのですが、これを一生懸命やっている人もあまりいなかったような気もします。


 私にはがんを克服した人で思い出す人がいます。

 その方は40代の男性患者さんで、ある夕方、私が鍼をやるために病室を訪れると、窓の外を眺めて泣いていました。

「どうしました!」

 その方は以前にも病室で泣いていたことがありました。彼がどうしても生きることを諦めないので、なぜかブチギレた主治医から「お前なんかもう末期なんだよ!」と怒鳴れ、その後夫婦で悔し泣きをしている病室に私が入って行ったことがあったのです。その時もまた新しい主治医から何かひどいことを言われたのかと私が半分怒りながら「どうしたのか」と聞くと、

「いや何ね。あんまり夕焼けがキレイだったから、なんか泣けてきちゃった。」

 外を見ると確かに美しい夕焼けでした。病院の外はどこまでも続く田んぼ。遠くの山に沈もうとする夕陽が、広い空と水を張った田んぼを真っ赤に染めていました。

 その方の顔と涙も真っ赤でした。

 一緒に並んで夕焼けを眺めながら、こんなに繊細でこんなに気のやさしい人がこの厳しい世の中をこれから生きていけるのだろうかと、まだ30代の私の方が不安になりました。そんな私の心配をよそに、彼はその後二度の命の危機を二度の大手術で乗り切るとやがて仕事に復帰し、毎年春と夏には甲子園で高校野球を見に行くまで元気になりました。がんが治ったわけではありません。がんが進行しない状態になったそうです。

 何が良かったのか?

 今になって当時を振り返って私とその方はよく話し合います。ただ答えは今も見つからず、二人で頭を傾げています。

 最近になって「俺は実は楽天的だったんだよ。心のどこかでは大丈夫だと思っていた」と彼は言います。が、私は「本当かな?」と疑っています。

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