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7 出かける

翌朝、ロイはコーヒーが落ちる前に来た。

 彼は私たちの顔を見ると笑い、今日は飲まないほうがいい、と言った。

ビールのことだった。まだ回らない私の頭の呂律は、言われなくても、理解していた。


 出発は翌々日にした。

 電話で泊まれる場所と車の大きさを確かめ、天気を見て、足りないものを買う。

そういう仕事が始まると、地図の上で決まった旅が、思った以上に手間のかかるものになった。


 ロイはトラックとトレーラーの間にしゃがみ、私たちを交互に呼んだ。

 わかったつもりで頷くと、もう一度やってみろと言われた。

私が動かしたところを彼が戻し、エリコがやり直す。

エリコが迷うと、私も横から見た。

何度か繰り返すうちに、ロイの説明が少しずつ短くなった。


 ハリーのノートはエリコの手にあった。

部品を替えた日付を調べ、ロイに見せる。

彼は眼鏡を胸のポケットから出し、数字を指でなぞった。


「この字は、読めない」


 彼が言うと、エリコが笑った。


「本人だって読めてなかったと思うわよ」

 ロイは頷き、ノートを返した。


 その午後、広い場所で車を動かしてみた。

 トラックの後ろにつながった家は、私がハンドルを切ってから、少し遅れて動きを始めた。

ミラーの中で壁の面積が増えるだけで、眉が詰まった。


ロイが窓の下まで来て、いったん止まれと手を上げる。

 止まることなら、すぐできた。


「急がない」

 彼は言った。


「誰も待ってない」

 実際、周りで待っているのはロイとエリコだけだった。

見ている二人を待たせないようにしたため、私は失敗していた。


 エリコに替わると、今度は私が外へ立った。

少し離れた所からは彼女の姿がフロントガラスの反射で見えづらかった。


手を上げると車が止まった。

大きな車が、自分の片手で止まった。

 だが次に動いてほしい方に手を向けても、彼女は動かなかった。


窓が下りた。

「あなた、見えないところに立たないで」

 私は後ろへ数歩下がった。


「今は?」

「そこなら見える」

 彼女が頷くのを確かめてから、私はもう一度手を動かした。


 犬のベンはロイとジューンに預けることになった。

 エリコは餌を日数分に分け、袋に文字を書いていた。

ジューンはそれを見て、知ってるわよ、と笑った。

それでもエリコは書くのをやめなかった。


「心配なら、連れていけばいいじゃない」

 私が言うと、彼女は顔を上げた。


「酔うって言ったでしょう」

「休みながらなら」

「自分が苦しくないときって、簡単に言えるのよね」


 私は餌の袋から目を離した。

そんなつもりではなかったのだが、彼女はもうジューンに何か頼んでいた。

 ベンは二人の足元に座り、自分の餌が隣の家へ運ばれるのを見ていた。


 出発前の晩、私は水無月のメールを開いた。


 エリコがシャワーを使っていた。

水の音が途切れ、また始まる。その間に、画面の文字を追う。


 部屋を移る、と書いてあった。

 私が置いていった荷物を、これ以上は保管できないこと。

数は多くないが、自分では処分を決めたくないものが混ざっていること

。月末までに引き取るか、送る先を知らせてほしいこと。


 最後に、もう一行あった。

 エリコさんに伝言をお願いするようなことになって、申し訳なく思っています。


 読み返した。

 私の荷物は、別れたときに全部出したと思っていた。

少なくとも、暮らすのに必要なものは出していた

。何が残っているのか、すぐには思い浮かばなかった。


 工具か、本か。押し入れの上にあった箱だろうか。

 添付された写真を開くと、段ボールが二つ写っていた。

床板に日が当たり、箱の片側だけが明るかった。

見慣れた床だった。

椅子を動かすと傷がつくので、脚に布を貼ったことがあった。


 箱に書かれた文字は、私の字だった。

 自分が残したものだと、字を見ればわかった。


 返事を書こうとして、最初に「連絡が遅くなって」と打った。

その次に、今海外にいることを書いた。

そこまで読んで、二行目を消した。


 シャワーの水が止まった。

 私は携帯をテーブルへ置き、残していたビールを飲んだ。

こちらのビールは元々があっさりなのに、瓶の周りについた水滴が下に溜まるほど置いておくと

味がほとんどしなくなっていた。


 エリコは髪を拭きながら出てきた。


「明日、何時に起きる?」

「六時くらいでいいんじゃない」


「まだ今日のうちにやってしまうもの、あるわよ」

「わかってる」


 彼女は椅子にかかった上着を取った。私のものだった。


「これ、着る? しまう?」

「あとで着る」


 上着を受け取り、私は膝に置いた。


「メール、読んだよ」

 エリコが止まった。


「彼女の」

「そう」


「荷物のことだった」

「うん」

 その返事で、知っていたのだと思った。しかし、聞くのはやめた。

「返事は?」

「書いてる」


 彼女は頷き、濡れたタオルを持って奥へ行った。

 私は携帯を取り、続きの言葉を探した。

返事の画面はまだ開いていた。

短い一行の下で、小さな縦のアイコンが点滅していた。


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